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記憶喪失
「焦らなくてもいいのよ、ゆっくりと思い出せばいいんだから」
優しく微笑みながら母は総司に言った。
どうやら俺は記憶喪失になってしまったらしい。
生まれてから今日までの出来事をきれいさっぱり忘れているのだ。
いや、忘れたというよりも暗闇に覆われていて見えないと言う方が近い気がする。
なんにせよ、今日以前のことは何も思い出すことが出来なかった。
そして、記憶がないと実の両親の事でさえ本当に両親なのかと疑ってしまうそんな自分が嫌だった。
この状況を抜け出すためにも早く記憶を取り戻したいと切実に思った。
「そういえば、今朝居た女性は?」
昼寝から覚めた時には両親の姿しか見当たらなかった。
「そんなの居なかったぞ、俺と母さんだけだ」
父親が無愛想にそう言った。
「そうなんだ・・・・」
記憶がないせいで、以前の距離感がわからず、接し方もわからなくて居心地が悪かった。
それは両親も同じらしく、記憶のない総司にどう接したらいいのか迷っている感じがした。
そのせいで家族なのに他人と接しているような気まずい空気が流れていた。
そんな空気に耐えきれなくなった総司は気になっていたことを聞いた。
「そういえばさ、俺はなんで記憶喪失になったの?」
総司は二人の顔を交互に見つめ聞いた。
すると二人とも暗い表情になった。
父親が母親に目配せで説明してやれと合図し、母親が頷いた。
「実は3日前に地震があったんだけど、それがでかい揺れでね、震度7の揺れがあったのよ。
たまたまあなたの近くにあった電柱が折れて、それの下敷きになってしまい、その時に頭を強く打ったみたいなの、それで記憶が飛んでしまったって聞いたわ」
母親は不安そうに総司を見つめながら話していた。
その表情は、もし記憶が戻らなかったらどうしよう。
そうなったら、今までの総司には戻らなくて、これからの新しい総司を受け入れなければならない。
全くの別人と化してしまった総司と新たに関係を築かなければならない。
それはかつての総司との別れでもあった。
それがとても辛く感じていた。
「その日俺は何をしていたのか知ってる?」
総司は記憶を取り戻すきっかけを掴もうと当時の事をできるだけ詳しく聞こうと思って聞いた。
「わからないわ、さっき話したことが知ってる事全部よ」
その日何をしていたのかを知ることができなかった。
この時になって総司は自分のことを何にも覚えていないことに改めて気付かされた。
記憶を失ってしまった日の事を知る前に、まずは自分について知る必要があると考えを改めることになった。
自分の歳や誕生日、どんな仕事をしていたのか等、気になることを全部聞いていった。
母親は嫌な顔せず知っている事を細かく、丁寧に教えてくれた。
気づけば20時になっていた。
面会時間が20時までなので両親は帰りの支度をする。
また明日も来ると言って帰っていった。
ずっと無口だったがこの時間まで居てくれた父親も根は優しい人なんだろうなと総司は感じた。
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