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時計台のある広場へ向かって歩いていると、高性能になっている私の耳が小さな声を捉えた。
すすり泣きと、それを慰める声。それが幼い子供のものだと気づいた私の足は、自然と声の方向に進路を変えていた。
「どうしたの?」
声の主は、予想通り幼い子供達だった。泣いてる子供は人間の女の子。慰めているのは、エルフとコボルトの女の子だ。ちっこいコボルトが可愛いくて、頬が緩みそうになる。
コボルトとは、獣人よりも犬に近い、まさに犬人間といった種族だ。コボルトの子供は、大きめのぬいぐるみのようで犬好きのハートをときめかせる。可愛いです、本当に。
「あのね、ユーリの帽子がね……」
泣いている女の子が、私の質問に答えようとして言葉につまる。
「ユーリの帽子を、カイの馬鹿がお化け屋敷に放り込んだのよ」
「お屋敷、門、閉まってるの。あのね、ユーリの帽子、庭に落ちたの。とりにいけないの……」
泣いている女の子の代わりに、エルフとコボルトの子供が私に説明してくれる。
子供達の頭上に表示されている名前を見ると、人間の女の子がユーリ、エルフはサミィ、コボルトはクルルというらしい。
「ありゃー、そっか。それは大変だね。その場所って、この近くなの?」
「うん、すぐそこ。お姉ちゃん、来てくれるの?」
エルフの女の子、サミィの言葉に、ユーリとクルルも私を見上げる。私は笑顔で頷いてみせた。
「うん。行ってみないとわからないけど、お手伝いするよ。連れていってくれる?」
すると女の子達は一斉に元気を取り戻し、「こっち!」と私の手をひいて走りだした。
走りながらステータスウィンドウを開きリアルタイムを調べると、強制ログアウトまで後三十分。……なんとかなるかな?
連れていかれたのは、街外れに建つ古びた館だった。
蔦に覆われた高い壁が館をぐるりと囲み、両開きの鉄の門は鍵ごと錆付いていてる。
何年も人が足を踏み入れていないらしく、大きな屋敷なのに荒れ果てた様子で、確かにこれは「お化け屋敷」だと納得してしまった。
「ほら、あそこ。あれがユーリの帽子よ」
サミィが門の隙間から指し示す庭を見ると、伸びまくった芝生の上に、赤い帽子が落ちていた。おそらく、門の前で投げこんだのが風で流されたのだろう。
「ちょっと待っててね、……えーと」
私はまず門に近寄った。うーん、上のとげとげした装飾が邪魔だなあ。ここからは止めたほうがいいかな。
次に壁を眺め、その一ヶ所に目を留める。あちこち穴のあいた崩れかけの壁。 ここなら、足掛かりがあるからいけそうだ。
二メートル以上はありそうな壁を、腕の力と僅かな足掛かりだけで登る。VRじゃなきゃ、私じゃ無理だったよ、これ。
ようやく登り終えて下を見ると、女の子達が心配そうに私を見ていた。
NPCだけど、データの塊なんだけど、あの表情は彼女達の気持ちから作られたものだと思う。それがAI機能なんだから。
だから私は大丈夫だよ、と安心させるために笑顔で手を振って、庭に飛び降りた。
芝生の上に落ちている帽子を拾い上げ、私はさて、と館を眺める。
なんだかものすごく、何かありそうな場所だ。
女の子達が待っているから、時間はかけられないけど、少しくらいは調べたい。
館の玄関は木造で、錆付いた金のドアノブとチェッカーがついていた。ドアノブに手をかけてみたけど、やはり鍵がかかっている。 うーん、鍵を見つけないと駄目なのかな?
更に詳しく調べようとすると、そろそろ馴染んできたシステム音が響いた。
――【鑑定】レベルが足りないため、調べられません。
――【鍵開け】を取得していないため、挑戦できません。
……鑑定と鍵開けかー。
ヒントを貰った気分で、私は再び壁を乗り越えて館を後にした。 女の子達と別れて、私は駆け足で宿へ向かっていた。街中なら、どこでログアウトしても体力や疲労は回復するらしいけど、宿に泊まると特典があるみたいなのだ。HPの伸びが良くなる、とか。
なんとか間に合って宿の部屋に入ると、私は窓を開けて木の枠に腰掛けた。赤から紫と紺に変わりかけている空を見上げ、ずっと握りしめていた右手を開く。 人差し指と親指で摘んで宙に掲げた物は、昔祖母に見せてもらったことのある、透明な硝子の玉。ビー玉だ。
帽子を返してあげた女の子から貰ったアイテムである。
【光のビー玉】
効果:フィールドを光の属性に変える。
備考:泣き虫な女の子からの感謝の気持ち。
ただのアイテムとして見るなら、何の役にたつのかわからない物だけど。
でも、私の唇には笑みが浮かぶ。女の子達の、嬉しそうな笑顔を思いだして。
窓から差し込む夕日に、ビー玉が紅く輝く。
私はログアウトぎりぎりまで、ちいさなビー玉を眺めていた。
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