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《白の都》を出て、街道を西へと歩く。広いフィールドも、地図を購入してマップを展開しつつ歩けば怖くない。余程の方向音痴でなければ、誰でも目的地にたどり着ける。
「へー……ここら辺の雑木林には、小動物もいるんだ」
茂みから飛び出したのは、猫より大きいサイズの鼠だ。ずんぐりむっくりしていて、噛み付かれたら穴が開きそうな前歯で威嚇している。
「小動物は苦手なんだけどなあ」
可愛いから。ではなくて、短剣だと小さい的にはあてづらいからだ。チョロチョロとすばしっこい鼠を、てこずりながらもなんとか仕留める。
ドロップアイテムは、70Cと、【尾長鼠の皮】と、【なにかの実】だった。
あの鼠、尾長鼠って名前なんだね。
「なにかの実……あ、鑑定か」
なんだろう、と考えて手を打った。スキル【鑑定】で調べてみると、名前の表示が変化する。
【カリカの実】甘い果実:HP20回復。調合可能。
おお、調合材料ゲット! HP回復アイテムとして使用出来るみたいだし、回復薬が作れるかも。
新しいアイテムの発見に心を弾ませながら、私はさらに西へと進む。
何度かモンスターとエンカウントしつつ、小一時間も歩いたころ、ようやく洞窟を発見した。
雑木林を抜けた先にそびえたつ崖、その剥き出しの岩肌に掘られた洞窟。
確かに鉱山だった証拠のように、入り口近くには朽ち果てた小屋があり、壊れたトコッコや錆びたツルハシが放置されていた。
物珍しくてあちこち見て回っていると、突然何の前触れも無く、危険を感じた。
獣人族は、身体能力と感覚に優れた種族だ。なんとなく、の勘をあなどることは出来ない。
短剣を構え、辺りを油断なく探る。耳を澄ませば、間隔の短い足音と荒い息遣いが洞窟の入り口から聞こえた。
誰かが、昼なお暗い洞窟の闇から走り出る。
「っ! おい、早く逃げろ!」
私を見たとたん叫んだのは、同じ年頃のプレイヤーの少年だった。
焦げ茶色の短い髪に、橙色の瞳。私と似たような初心者の服に、胸当てなどの部分鎧をまとっている。
中肉中背で、取り立てて目立つ外観ではないけど、額の真ん中に刻まれた紋様が異彩を放っていた。
おそらく、大地の民、地龍族だろう。確か、ドワーフ同様に鍛治などが得意な種族だったと思う。なら、ここに居るのは鉱石入手のためだろうか?
初めて目にした種族に気をとられた私は、彼の警告を無駄にしてしまった。
地響きに似た、重い足音が響く。
はっと我にかえった私と、舌打ちした少年が目を向ける先で、洞窟の入り口からそれは出てきた。 二メートルを超す巨体、厚い肉に覆われた身体の上に乗っている、豚の頭。他のゲームで見たことがある。オークだ。
体力が高く、力と防御に優れたモンスター。どう考えても、初心者向けでは無い。
分かりきっていたけど、オークの頭上に表示されるHPバーの色は赤。深紅に近い、赤だった。
これは無理。すぐに見切りを付けた私は、逃亡を考えることにした。
「えっと、逃げれる?」
人見知りが発動して緊張したけど、我慢して少年に問い掛ける。
「逃げるしかねーだろ。せっかく掘りあてた鉱石、デスペナで失ってたまるか」
やっぱり、鉱石目当てだったらしい。
デスペナは、その時所持するアイテムをランダム消去と、所持金の10%減少。運が悪ければ、ステータスの一部減退、とヘルプに書いてある。
このゲームにはレベルという概念が無いため、よくある経験値減少では無いのである。
スキルとステータスが重要なゲームなので、もしも「デスペナでスキル値減少」が導入されたら、かなり痛くなるが、今は緩めと言われているようだ。
……今の少年にとっては、痛いデスペナみたいだけどね。
「なら、早く――」
「――ぐぅおおお!!」
走って、と言いかけた言葉は、オークが発した大音量の雄叫びに掻き消された。
ビリビリと身体が震える。耳の性能が良くなっているせいで、余計に響いた。
「うー頭いたっ……」
ぐわんぐわんと鳴る耳鳴りを、頭を振って振り払い、逃げるために走った。いや、走ろうと、した。
「――え? う、動かないっ!?」
ぴくりとも動かない身体に、思わず叫ぶと、私と同じように頭を振っていた少年が眉をひそめた。
「状態が《麻痺》になってるぞ。――今のでやられたらしいな」
ええ!? 麻痺!?
慌ててステータスを確認すると、確かに状態異常と表示されている。感覚が優れているのが裏目にでたのかもしれない。
動けない私に、ゆっくりと近づいてくるオーク。
私は、それを見つめることしか出来なくて……
……ひょっとして、これ、初の死に戻りになるのかな? と、呑気なことを考えていた。
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