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9
オークは視線を私に定め、近づいてくる。獲物をなぶるつもりなのか、その足取りはゆっくりとしている。
しかし、状態異常で動けない私に出来ることは少ない。
「えっと、キミ。早く逃げた方がいいよ」
幸いにも頭は動くので、少年に逃亡を勧めた。頭まで麻痺していたら、喋るのも難しかっただろうから、これは運営の優しさなんだろうな。魔法などは使用出来なくされているだろうけど。
しかし、少年は私を一瞥すると、逃げるどころか両手に武器を構えた。ええっ!? なんで!?
「一応聞くけど、麻痺薬は?」
「も、持ってない……」
「だよな。オレもだ」
状態異常の回復薬は高いし、《白の都》周辺には、せいぜい毒性モンスターくらいしかいなかった。こうなる可能性をわかっていたら、麻痺薬買っておいたんだけどなぁ。
内心悔やむ私に、少年は淡々と続ける。
「あいつを引っ張ってきちまったのは、オレだからな。――麻痺は、《一分以上、三分以内の肉体の拘束》だ。麻痺が解けたら、すぐに逃げろ」
「い、いや、それはわかったけど……でも、私はデスペナで無くなって困る物持ってないし……」
だから逃げなよ、と勧めたのだが。
「いいから、言うとおりにしとけ。あと、オレの名前は《Torl》だ。キミ、なんて気持ち悪い呼び方は止めてくれ」
こちらを見ずに言い切ると、少年――トオルは両手で握りしめた武器でオークに戦いを挑んだ。
……私を見捨てて逃げたって、別に構わないのに。そう思いながらも、なんだかじわっと胸の辺りが暖かくなった。
……でも、オークに勝てるとは思えない。
「おい! こっちだ豚野郎!」
トオルは自分にオークの意識を向けるためなのか、挑発するような態度で武器を振るっている。
彼の武器は、一抱えもある大きな木のハンマーだ。
表面を鉄で補強されているところがちょっと変わってるけど、大木槌おおきづちという物かもしれない。
オークが丸太のような腕を振り回すのを避け、トオルは大木槌を叩きつけた。 鈍い音が響き、オークの巨体を揺らしたが、頭上のHPバーの減少は微々たるものだ。
「ちっ! この程度じゃやっぱきかねーか」
再びトオルは距離をとり、大木槌の柄を強く握りしめた。トオルの身体が淡い光を帯びる。
襲い掛かってきたオークの攻撃を避け、トオルは大木槌を振りかざすと、踏み込んだ足が地面にめり込む勢いで振り回した。
「――スキル《回転達磨落とし》!!」
トオルの身体がひときわまばゆい光を放つ。
どおん! と重い衝撃が音になって耳に届き、一拍遅れてオークの巨体が地面に転がった。
その光景に、私は眼を丸くした。すごい。
「あんなに大きなオークをふっ飛ばすなんて……」
力と攻撃力だけじゃ難しい筈だ。きっと、ハンマースキルの特殊効果だろう。
「――おい、まだ動けないのか?」
「え? あ。う、うん。まだ無理みたい……」
ちら、とこちらを見ながらのトオルの問いかけに、私は腕に力を込め、その反応の無さに首を振った。
「そうか……。動けるようになったらすぐに逃げろよ」
厳しい顔のトオルは、起き上がるオークに強い視線を向け、大木槌を再び構える。
派手に転んだオークだけど、相変わらずHPバーの減少は少ない。しかも、先ほどの攻撃でオークの顔つきが変わっていた。
まずい、と、獣人の勘が囁く。
「ぐおおおっ!!」
「――くっ!?」
気をつけて、と叫ぶ間も無く、オークの猛攻が始まった。本気になったオークは、豪腕を振り回し力任せにトオルに襲い掛かっている。
オークの動きは決して素早くは無いが、鈍重というほどでも無く、トオルは避けるだけで精一杯のようだ。
トオルは、オーク同様、力はあるが素早さが低いパワータイプなのだろう。同タイプの場合、力や体力が上の方が有利なのは分かり切っている。
徐々に追い詰められるトオルの姿に、なんとか出来ないかともがいてみても、焦りが募るばかりだ。
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