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「ぐっ……」
動かない身体に注意が向かっていた私は、耳に届いたトオルの苦しげな声に慌てて視線を上げ、息を呑んだ。
見ていなかった間にオークの攻撃を受けてしまったのか、トオルの頭上に表示されているHPバーが、半分以下になっていた。
回復しようにも、距離がとれない。……いや、違う。
――私を庇ってるせいで、距離をとれないんだ。
オークは豚の顔を醜悪な笑みに歪め、大木槌でガードするトオルに拳を叩きつけている。
オークは粗末な皮鎧だけを装備していて、武器は持っていない。その点だけは不幸中の幸いだけど、それでも厳しいのに、私が足手まといになっている現状では、勝ち目なんて無い。
動かない身体に苛立ちが募る。こうしてる間にも、トオルのHPバーはどんどん削られていっているのに……!
オークが両手を握り合わせ、大きく振りかざす。やばい、あれを受けたら絶対保たない。
VRの中だというのに息苦しさに襲われて、私は浅い呼吸を繰り返した。
動け、動け、動け!!
それはおそらく、単なる偶然だった。
祈るように心の中で叫んだとたん、がくっと膝が沈む。
はっと目を見開き、次の瞬間、私の脚は地面を蹴っていた。
「――《二連撃》!」
トオルの前に滑り込み、剣スキルを発動させる。
《二連撃》は、素早く二度攻撃する技だ。力の低い私では、大してダメージを与えられないが、上手く当てれば攻撃をそらすことが出来る。
一撃め、成功。二撃め、――成功!
狙い通りにオークの太い手首に攻撃がはいり、軌道をそらすことが出来た。
地面にオークの拳がめり込み、土煙があがる。その隙にと、私とトオルはオークから距離をとった。
「おい! 動けるようになったらさっさと逃げろって言っただろ!? 攻撃してどーする! もうお前も共同バトルに入ったぞ!? ――いや、今からでもいーから早く逃げろ!」
ズボンのポケットから回復薬を取り出しながら、トオルが私に怒鳴る。確か、インベントリの短縮スキルだったかな。
「トオルくんを残して一人で逃げるなんて出来ないよ。二人でなら、なんとかなるかも知れないし」
私は緊張しながらも反論した。一度バトルに入った以上、逃げるにも逃亡判定がつく。素早さにはちょっと自信のある私はともかく、トオルは難しいと思う。 トオルはわざとらしいくらいに深く溜め息を吐いた。
「……くん、もよせ」
「なら、トオルさん?」
「なんでだ! ふつーに呼び捨てにしろ!」
「うええっ!?」
「なんですげー嫌そうなんだよ!?」
いや、だってですね? 人見知りの私がいきなり呼び捨てなんて、ハードルが高いと思うのですよ!
それに、外観は私と同じくらいの年齢だけど、もしかしたらすごく年上って可能性もあるし! ……なんとなく、見た目通りの年齢の気がするけど。
などと言える筈もなく、あわあわしてると、トオルは橙色の瞳を鋭く細めた。
「おい、来るぞ。――あんた、名前は」
「わわっ! 《Rin》――リン、だ、よっと!」
本来の名前を一文字変えただけの名を名乗りながら、襲ってきたオークの拳をバックステップで避ける。 ついでに隙だらけの脇腹を切りつけたけど、かすり傷程度のダメージしか与えられなかった。むう、短剣の攻撃力じゃ無理かなぁ。
「リン。タゲをとっておいてくれ。そのスピードなら大丈夫だと思うが、油断するなよ」
「……タゲって何?」
「何って……お前、初心者かよ!」
初心者ですよ? しかし、トオルは口が悪いなあ。お前呼びは流石にやめて欲しいんだけど、今はそれを指摘する暇は無いかな。
「はぁ……。タゲは、ターゲットをとること。つまり、あいつの注意を惹き付けててくれって事だ」
「なるほど。了解!」
疲れた口調でだけど説明してくれたトオルに頷き、私はオークにまとわりつくように攻撃を仕掛け出した。
オークが怒声をあげながらがむしゃらに腕を振り回す。それを軽いステップを踏んで躱しながら、トオルから離れた位置へ誘導し続ける。一瞬だけトオルを見ると、赤い回復薬を口にしていた。
スキルポイント《SP》回復薬だ。あのハンマースキルは、一度でかなり消費するらしい。私の方は、あと三回は使える。
「リン、パーティー組んでコンボいくぞ。コンボはわかるか?」
「うん。攻撃を続けることだよね?」
オークを惹き付けながら、トオルからのパーティー申請を受け入れる。あ、初めてのパーティーだ!
「おい、右!」
「うわわっ!」
緊張したせいであやうくオークの攻撃を受けかけてしまった。今はとにかく、バトルに集中しよう。
「まったく……気をつけろ。――いいか? 一撃めは通常攻撃、二撃めからはスキルだ。攻撃力の高いオレが最後になるようにやるぞ」
「うん、わかった。じゃあ私からだね。タイミングがちょっと怪しいんだけど……」
「攻撃がヒットして三十秒以内だ。そうだな、掛け声かけてくぞ。一、二、三、だ」
「わかった!」
話している間も、私はオークの攻撃を避け続けている。瞬発力と素早さが高いおかけで、避けるくらいは余裕だ。毎日のダッシュ訓練の成果かな。
その瞬発力を生かして、私はオークの腕を掻い潜り、まずは一撃を加えた。
「いち!」
「――に!」
ほとんど間を置かずに、トオルの大木槌がオークの背を打つ。続けて、私はスキル《二連撃》を発動させた。
「さん!!」
よし、上手く入った! そして、トオルの大木槌が光る。
「――よん!」
先ほど以上の轟音が響き、オークが再び地面に転がる。同時に、場違いに軽快なシステム音がコンボ成立を告げた。
――4Hit! コンボダメージボーナス発生! 総ダメージ×2
「やったあ!」
思わず歓声が口をつく。ボーナスダメージのおかげで倍のダメージが入り、オークのHPを半分近く削ることが出来た。
トオルも初めて笑みを浮かべている。
「よし! もう一度いくぞ!」
「了解っ!」
トオルがSP回復薬を飲む傍らで、私は起き上がるオークを警戒して短剣を構える。勝てるかも知れない。 僅かな希望が際限なく膨らんで、脈うつ心臓の鼓動がうるさいくらいに高鳴っていた。
トオルが回復薬を飲み終わり、合図をよこす。それを見て、私はオークへと走った。まずは通常攻撃!
「いち!」
短剣を、オークの腕に当てた時だった。オークの腹が大きく膨らむ。私がそれに気付くのと、オークが口を開けるのはほぼ同時だった。
「ぐおおおお!!」
「――っ!」
オークの《雄叫び》が間近で轟いた。頭を金槌で殴りつけられたくらいの衝撃に、身体がすくむ。
「――リン! 避けろ!!」
耳鳴りがおさまると、トオルの切羽詰まったような声が聞こえた。そして、顔に影が落ちる。
顔を上げると、青空と崖を背景に、丸太のように太い腕が私へと振り降ろされて――。
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