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――ふっと気がつくと、私は人混みの中に居た。
思考が上手くまとまらず、無意味に周囲を見回すと赤い石畳と乳白色の建物が視界にうつる。
そこが《白の都》の時計台広場だとわかった私は、身体から力が抜けてその場にへたりこんだ。
「負けちゃったのかあ……」
「……もう少しだったのにな」
独り言に返答があって振り向くと、時計台を背に肩を落としたトオルが立っていた。
お互い顔を見合せ、苦笑をこぼす。
「……悪かったな、無茶なバトルに付き合わせて」
「ううん、別にいいよ。それより、一人で廃坑に入るのは危ないから止めた方がいいよ?」
私が立ち上りながら忠告すると、トオルは目を逸らして短い焦げ茶色の髪を掻き乱した。
「あー、あの廃坑は入り口近くならたいしたモンスターは出てこないから、一人でも平気なんだ。ただ今日は、ちょっと奥まで入り過ぎて……」
……なんとなくわかった。つまり、油断してしまったのだろう。
「……次から気をつけてね」
「……ああ」
仏頂面で頷くトオルをやれやれと笑って、私は、あれ? と首を傾げた。
人見知りの私が、あまり緊張せずに会話が出来るようになってる。……一緒にバトルした仲だからかな?
「どうした?」
「え? あ、ううん。なんでもないよ。それより、鉱石はどうなったの?」
私の指摘に、トオルは息を呑み、慌ててインベントリを開いてアイテムを調べた。その強張っていた表情が驚きを滲ませ、安堵に緩む。
聞くまでもない、わかりやすい笑顔だった。
「良かったね」
「……ああ」
トオルは見ている方が嬉しくなる笑顔でインベントリを閉じ、私を見た。そのとたん、またしても眉間に皺を寄せた仏頂面になる。
え? なんで?
「それにしても……お前のその格好はないだろ」
「え? 私の格好がどうかした?」
またお前呼ばわりされたけど、それよりも呆れた目つきが気になる。何か変かな?
首をひねる私に、トオルは溜め息をついた。
「なんでまだ初心者装備のままなんだよ。武器も、それ、最初に配布されたやつだろ?」
「ああ、そのことなんだ。うん、いや。スキルとかアイテムにお金使っちゃって……」
それは私自身気にしていたので、苦笑するしかなかった。いや、だって、ソロプレイだとあまり稼げないんだよ。
トオルはもう一度溜め息を吐くと、頭を掻きながら言った。
「……今度、オレの店に来い。いつもは、そこの噴水の裏辺りに出してるから。今回の詫びに、何か武器を作っておく」
「え。いいの?」
「ああ。いない時もあるから、事前に連絡してもらえると助かる」
トオルが何かを操作すると、私の前に半透明なウインドウが表示された。
――《Torl》からフレンド申し込みが来ています。
トオルを見ると、相変わらずの仏頂面。でも、なんとなく、耳が赤い気がする。
私は笑って、《Yes》と告げた。
今日は、初めて他のプレイヤーと一緒にバトルして、死に戻りを体験した。
――そして。
初めての、オンラインの友人が出来たようです。
「――なあ、ところでさ」
お互いのことを話しながら歩いていると、トオルがふいに尋ねてきた。
「なに?」
「いや、そっちはデスペナ大丈夫だったのか?」
「え? えーっと……ああっ!?」
「なっ、なんだ!?」
「……い、一番高かったアイテム《トラップツール》が無くなってる……」
私は愕然と目を見開いたまま呟いた。
デスペナにより10%減ってしまった今の所持金は、3680C。……そして、《トラップツール》はなんと3500Cもしたのだ……。
「……すまん」
がっくりとうなだれる私に、トオルが深々と頭を下げる。
油断大敵、備えあれば憂い無し、が身に染みた私達だった。
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