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土砂降りだった昨日とは違い、今日の《 World 》は気持ちのいい快晴。そしてここは、明るく賑やかな市場――の、筈である。  しかし、現在の市場は暗雲たちこめ、嵐の前の静けさと呼ぶしかない、張り詰めた緊張感に支配されていた。 「あーらら。躱しちゃったあ。いーけないんだ、いけないんだ。後ろのコに、当たっちゃいそうだったよぉ?」  ぱっちりとした赤い瞳を細め、からかうように笑ったのは、人垣の中で対峙しているプレイヤーの一人で、十代半ば頃の可愛いらしい少女だった。  ほっそりとした白い身体を黒のミニドレスに包み、パールピンクのふわふわした髪を緩いお団子にしている。  華奢な背から広がっているコウモリの羽から考えると、おそらく種族は吸血鬼かサキュバスあたりだろう。 「いきなり武器を投げつけた人間の言うことじゃないわね」 「どーせ規制で弾かれるんだし。別にいーでしょー」 「そんな問題じゃないでしょう? ……ごめんなさい、大丈夫だった?」  少女の軽い口調に眉をひそめながらも、もう一人のプレイヤーがこちらを振り向く。  私に声をかけてきた彼女も、人目を引く美人だった。  先程の美少女とは違い大人びた雰囲気の持ち主で、振り向いた拍子に、おさげにした長い黒髪が肩から桜色の小袖へと滑り落ちた。  和風美人、というのだろうか。  桜色の小袖に深い紫色の袴、足元は焦げ茶色の編み上げブーツ、という大正時代の女学生を思わせる格好の彼女は、洋装のプレイヤーが多いため、かなり目立っている。  そして、そんな彼女に声をかけられた私も、周囲の注目を集めてしまっていた。 「え、あ、その」  一気に喉がからからに干上がって、言葉に詰まってしまう。  見られている、注目を浴びていると思うだけで、緊張で体がこわばる。  見られるのは、苦手だ。特に、大勢に注目されると、頭が真っ白になってその場から逃げだしたくなる。  ――それに、彼女達は間違っている。  おそらく彼女達は、私の足元に転がったままの大斧を見て判断したのだろうけど、ぶつかりそうだったのは、私じゃなくてエルフ君の方だ。  それを伝えようとして隣を見た私は、目を瞬いた。  ……いない。  さっきまですぐ隣に居たあの白い髪の少年は、何故かいなくなっていた。 「ほら。あなたも謝りなさい」 「えー、なーんでぇー? ぶつからなかったしー、だいたい、これってゲームだし。当たってもそんなに痛くないじゃん」 「さっきも言ったでしょう? そういう問題じゃないの」  言い合う声を聞きながら、私はきょろきょろと周囲を見回し、エルフ君を探していた。その間に、二人の声音はどんどんと険しくなってゆく。 「ヨイチにはカンケーないし。そもそも、ヨイチが当たんないから悪いんだし!」 「……マリア? いい加減にしないと怒るわよ?」  和風美人さんの声が、一オクターブ下がる。ひやりとしたその声は、私に向けられたものではないにも関わらず、背筋をあわだたせる冷たさだった。 「あ、あの! 武器が当たったわけじゃ無いので、気にしないでください!」  直感で、これ以上はやばい、と感じた私は慌てて止めに入った。謝罪を受ける立場なのは、本当は私じゃなくてエルフ君だけど……、今は代わりに答えるしかない。  しかし、私の制止は遅すぎたようだった。 「ふぅん? 怒ってどうするの? そっちの言うことを聞かせたいなら、こっちの要求にも応えてくれるよね?」  細い腕を組み、少女は挑発的な視線を投げ掛ける。数瞬沈黙した後、和風美人さんは頷いた。 「……いいわよ。その代わり、後でちゃんと彼女に謝罪すること。それが条件よ」 「いいよ。その条件、乗った!」  え。と、間の抜けた声が漏れる。ちょっと待って、その方向性間違ってる気がします!  どうして当事者(エルフ君だけど)を無視して、結論を出してるんですか。  しかもなんだか物騒な雰囲気ですし!  ――とは口に出せずに、私は二人がウインドウを開き、何かを操作し始めるのを見守ることしか出来ずにいた。  私は不穏な気配に焦っているけど、周囲に集まっているプレイヤーは、違う意味でざわついているようだ。後ろの方から、小声でやりとりする会話が聞こえてくる。 「――なあ、あっちの吸血鬼。もしかして、《マリアロッテ》なんじゃねえか?」 「おれもそう思ってた。でさ、あのお姉さんはさ、《与一》じゃね?」 「あー、それっぽい。だったらスゲーな」 「どっちが勝つか、賭けねえ? おれは《マリアロッテ》ね」 「あ、ずりー」  私は聞こえてきた会話に、首を傾げた。おそらく、彼女達のことだと思うけど…… 「《マリアロッテ》に《与一》? それに、どっちが勝つか、って……」  どういうことなんだろう。ぽつりと零れた疑問は、思いがけない相手に拾いあげられた。 「あの二人のランカーのことだよ。けっこう有名だけど、知らないの?」 「ランカー? って、えっ!?」  零れ落ちて消える筈だった呟きを拾いあげ、答えを返したのは、白い髪の少年だった。いつの間にか、私より少し背の低いエルフ君の頭が隣にあって、鮮やかな紫の瞳がこちらを見ている。  ほんの少し前に探した時は、どこにも見当たらなかったのに。 「エルフ君……じゃなくて、えーと、キミ。どこにいたの?」 「ちょっとね。それより、そろそろ始まりそうだよ」  明らかに誤魔化された。とは思ったけど、何か事情があるのかもしれない。知り合って間もないのに、詳しく聞く訳にもいかないよね。  とりあえず。再び視線を二人の女性プレイヤーに向けると、エルフ君が彼女達のことを教えてくれた。
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