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「吸血鬼の方が、ランキング8位の“マリアロッテ”。そして人間族の方は、“与一”。ランキング11位で、《藤姫》とも呼ばれてるね。後は、見てたらわかるかな」  吸血鬼の方がマリアロッテちゃん、和風美人さんは、与一さん、か。  ランカーというのはランキング上位者のことで、《 World 》では、ステータスやスキルなどのデータを元に、運営が上位二十名を公式サイトに乗せている、らしい。のんびりソロプレイの私には関係ないと思って、調べたことないんだよね。  でも、二人そろってランカーなんて、凄いなぁ。  呑気にそこまで考えた私は、嫌な予感に襲われた。……さっき、どっちに賭けようかと話し合っていたよね。  まさか、と考えた私の予想を裏付けるようにそれが現れたのは、そのすぐ後のことだった。  マリアロッテちゃんと与一さん、二人がウインドウを閉じる。一呼吸の間を置いて、それは現れた。  赤い石畳にぽかりと空いた黒い円。今ではあまり見かけなくなった、マンホールの蓋に似たそれから、何かが出てくる。 「あれは……?」 「システム管理者。《審判》だよ」  私の疑問に、エルフ君が答える。  《審判》と呼ばれたそれは、フード付きの黒いマント姿で、一冊の赤い表紙の本を胸に抱いている。それだけなら私達プレイヤーと似た姿だけど、決定的に違う点がある。  フードの下にあるのは、顔の上部分を隠す銀の仮面のみ。赤い本を抱えるのは、銀の篭手のみ。仮面や、篭手、マントから覗くべきその中身は、目に映らない。  かがんだ姿勢からゆっくりと身体を起こす《審判》のマントが、骨格のラインを無視してふわりとはためく。その様子を見て私の脳裏に浮かんだのは、透明ではなく空洞の単語。  《審判》には、身体が無かった。 『――プレイヤー二人の承諾を受理しました。バトルフィールドを設定します』  抑揚に乏しく機械的なシステムボイスが響く。おそらく《審判》の声だろう。  それと同時に、マリアロッテちゃんと与一さんを中心に、光の線が円を描いた。 『バトルフィールド内には、承認された者しか入れません』  《審判》が淡々と言ったとたん、私も含めプレイヤーは全員光線の外側に立っていた。線の内側に居るのは、マリアロッテちゃんと与一さん、そして《審判》だけになる。 「バトルフィールドって……」 「……戦闘する場所、だけど。お姉さん、実は特殊外装使用者? 実年齢は何歳?」 「え!? いやいや、そうじゃなくて! このゲームって、確か対人戦闘は禁止だったんじゃないかな、って」  中身の年齢を疑われてしまった! 慌てて弁解する私を見てエルフ君はちらっと笑みを浮かべると、すぐに頷いて説明してくれた。 「うん、ごめん。そっちだよね。お姉さんの言った“対人戦闘禁止”は、PKプレイヤーキラー禁止のことだよ。他の人を襲っちゃいけません、だね。当人同士が望んだ場合に限り、対人戦闘は可能なんだよ。問題が起きないように《審判》が立ち会うしね」 「そうだったんだ……え、でも、それってつまり、今からマリアロッテちゃんと与一さんが決闘しようとしてるってことだよね!?」 「そうなるね。ほら、フィールドバリアが貼られるよ」  あくまでものんびりマイペースなエルフ君に促され、視線を前に戻すと、私の目の前にタイルのような四角がふっと出現した。銀のプレートのようなそれは、次々と浮かび上がって一枚の壁となってゆく。  一秒ごとに現れるそれは、音で表現するなら、ぱららららっ……という感じで、あっという間に半球体のドームを形づくった。  完成した銀のドームは、一瞬後にひとつひとつのパネルすべてがくるりと回転し、透明になる。それを見て、驚きと歓声の入り混じったどよめきがおこる。  私も驚いた。 「ええっ!? 中がすっごく広くなってる!」  ここは、市場の往来だ。いくら皆が場所を開けたとしても、それほどスペースはない。なかった、のに。 今見えるドームの中は、小さな公園並みの広さになっていた。 「ここはゲームの中だよ、お姉さん」  驚く私を見上げ、エルフ君は紫の瞳を細めて笑う。 「システム次第で、物理法則はいくらでも変化する。中の空間が広くなるように設定されてるだけだよ」  だから、驚くことじゃないよ。――と、落ち着いた口調で話すエルフ君に、なんとなく違和感を覚える。  だけど、その違和感の正体を掴む前に、《審判》の声が響いた。 『バトルフィールド設定完了。十秒後に、バトル開始を宣言します』  透明なバリアの中、二人はそれぞれの手に武器を構える。マリアロッテちゃんは、あの黒っぽい大斧。転がったままだったそれが一瞬で無くなって、マリアロッテちゃんの手に収まっていた。  対して、与一さんは長弓だ。弓と大斧なんて、ちょっと相性が悪くないだろうか?  吸血鬼は、腕力、素早さ、知力、魔力、などが上がりやすい種族だ。あの大斧を見る限り、マリアロッテちゃんは腕力を育てているのだろう。  与一さんの人間族は、オールマイティーな万能型で、すべてにおいて平均であり、得手不得手がない。  それがいい方に働くのか、どうか。今はわからない。  固唾を呑んで見守る私の耳に、《審判》が戦闘開始を告げる声が聞こえた。
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