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最初はゆっくりだった足音が、段々速くなって近付いてくる。
足音がすぐに後ろまで迫った時、青年は片手を振って口を開いた。
「あー、待った。俺だよ」
青年が大きめの声を出して振り返ると、そこにいたのは一人の少女だった。
年の頃は十代前半だろうか。まだ幼げな顔立ちの、稲穂みたいに綺麗な金色の髪をした少女。
ただ、青年を見上げたその少女の姿は一目見て分かるほど異様だった。
少女は、全身血塗れだった。鈍く光る、手に構えられた血まみれのナイフと、その感情の籠らない無機質な瞳が、その少女の異質さを否応なしに証明している。
本来似つかわしくない場所にいるはずの幼い少女の姿は、しかしこの路地裏の景色に一番よく馴染んでいた。
「──おとーさん!」
一拍置いて、少女は青年のことをそう呼んだ。
顔に飛び散った血を拭って、人形のような無表情から打って変わってパッとまんまるの蒼い目を輝かす。
親子というには、おかしな二人だった。
髪色も違えば、瞳の色も違う。まず、青年の見た目は多く見積もっても二十代前半といったところで、とても少女の父親には見えない。
「よぉ、死神サン」
青年が微かに笑みを浮かべてそう言うと少女は、キョトンと首を傾げる。
「シニガミ?」
「今町でそうやって呼ばれてるぞ、お前」
「ふーん……。変なの」
つまらなそうにそう言うと、少女はすぐに青年の方に興味を移して、笑う。
「そんなことより、おとーさんこんなところで何してるの? わたしに会いに来てくれたの?」
青年は少女の言葉に僅か言い淀んでから、「……まあな」と短く応えた。
「ホント! 嬉しい!」
「ちょっと待っててね」と言って少女は無邪気な顔のまま死体を漁り始める。そのまま砂場で砂遊びをしていてもおかしくないような表情だった。
この場面を誰かが目撃していても、誰もこんな少女が「死神」の正体だなんて思わないだろう。それどころか、そのまま何も気付かず通り過ぎさえできるかもしれない。それくらい少女の仕草は自然で、普通だった。
「……人を殺すのは楽しいか?」
青年が尋ねると、少女は死体のポケットから財布を抜き出して、顔を上げる。
「んー、分かんない。生きるために殺してるだけだもん」
「……金の為なら、なにも殺さなくても──」
「分かんないよ。わたし、他にどうしたらいいのか知らない。それに、人間は怖くて、憎いから。ね、おとーさん、生きたくて人を殺すのって、おかしいことかな? わたし、間違ってる?」
そんな風に笑いながら、月光の中で少女は眩しそうに目細める。少女は笑っていたのに、それが何処か泣き出す寸前の顔みたいだった。
「……俺に聞くなよ」
青年は目を逸らす。目を逸らした先でも、見慣れた赤い水たまりが呪うように、暗闇の中で口を開けていた。
「……おとーさんはどうなの? 楽しくてやってる? おとーさん、殺し屋なんでしょ?」
「俺は……別に、最初からそうだっただけだ。あとそれ、あんまり言うな。ホントはバレてると駄目なんだから……」
「分かってるよー」
「なあ──」青年が呼びかけると、少女はやっぱり無邪気な顔で返事を返した。
「……話があるんだけど。ついてきてくれるか?」
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