6人が本棚に入れています
本棚に追加
ロイドが今「死神」と呼ばれている少女と出会ったのは、今から数年前のことになる。
少女はもちろん、ロイドの本当の娘という訳ではない。
数年前、ロイドは雇われているマフィアから命を受けてとある屋敷に潜入していた。潜入していたのは、この街で密売を行っていると噂されていたある経営者の屋敷だった。
密売の噂自体は前からあった。いや、はっきりそうだと周知の事実になりつつある節すらあっただろう。
そうだというのに今まで何処からも手出しされてこなかったのは、その経営者のバックに今まさに雇い主が抗争している、隣町のマフィアの存在があると言う噂があったからだ。その経営者に手を出すと言うことは、そのマフィアに喧嘩を売るのと同義だった。
その頃はまだ例の隣町のマフィアとの関係を決めあぐねていた雇い主は、ついにその年、宣戦布告という意味合いを兼ねてロイドに経営者を殺すように命じた。
狙撃を得意とするロイドが屋敷に潜入することになったのは、雇い主から密売の証拠を掴んでから殺すように命じられていたからだ。
その時点でそれはもう、殺し屋の範疇を越えてるようにも思う。
ただ、ロイドには拒否権というものが存在しない。ようするにロイドは雇い主に雇われているというよりは、雇い主に操られるだけの操り人形だった。
ロイドは自分が何者なのかも知らない。ロイドは物心ついた時からずっと、ただ殺し屋だった。殺すように言われたから殺す。ロイドが人を殺す理由は、それだけだ。
結果的に、経営者は密売を行っていた。そのことを確認したロイドは、部屋に籠っていた経営者を後ろから心臓を一突きにして殺した。
目撃者はいないはずだった。ただ、それはそのつもりだったというだけだ。
経営者が死んでいることを確認した瞬間、後ろから「あ……」と小さく声が響いた時、ロイドはようやく自分がとんでもない失態を犯したことに気が付いた。
その時、後ろにいた人物こそが後に「死神」と呼ばれる少女だった。
少女はいわゆる、「商品」の一つだった。ロイドが少女に気が付かなかったのは、彼女が余りにも自然に、そこに「置かれて」いたからだ。ロイドは自分の失態をそうやって言い訳するつもりはない。だが、本物の人形と見間違うほど、それだけ少女は人形じみていた。
ただ少女は愛玩具の一つとして、そこにいた。ロイドが成した罪を、そのガラス玉みたいな目でずっと見つめていた。
見られていたなら殺すしかない。ロイドがナイフの先を少女に向けようとした時、それ、は顔をほころばせて、笑った。
「──おとーさん!」
「はあ?」
思わず声が出た。先ほどまでの印象が嘘だったかのように、少女は嬉しそうに、無邪気に、ロイドに縋りつく。
「おとーさん! ねえ、おとーさんでしょ? わたしのこと、覚えてる?」
実の父親とでも見間違えたのだろうか。その潤んだ蒼い目に見つめられて、ロイドは自分の為すべきことを見失った。
ロイドに家族の記憶はないが、自分に子供がいないことは分かる。大体、その時ロイドはまだ二十歳にもなっていなかった。
だから、どうしてかと問われると困る。騒ぎを聞きつけた人がやってくる前に、ロイドは咄嗟に少女を連れて逃げていた。
同情なのかもしれないし、憐れみなのかもしれない。いや、殺し屋に人の心なんて分かるものだろうか?
何も知らない少女を、ロイドは結局殺せなかった。
最初のコメントを投稿しよう!