6人が本棚に入れています
本棚に追加
時が止まったような一瞬の静寂の後に、少女の胸元から血があふれる。 「あ……」と声を出して、少女は地面に倒れこんだ。
今更届いたロイドの指先が、無意識に少女を抱きとめる。
「どうしてこんなこと……!」
「だって、おとーさんもこの、つもり、だったんでしょ……? ごめん、ね……でも、わたし、おとーさんのこと、好き、だから」
「──違う! 殺すわけ、ないだろ! 殺せるわけないだろ。
俺は、一緒に逃げようって言うつもりだったんだ……。でも、お前が俺が憎いなら、殺したいなら、それがいいと思ったから……」
少女が言ったように、ロイドは殺せなければきっと雇い主に殺される。
だから、今日この街から逃げて、一か八か今雇い主と抗争しているマフィアの元に転がり込むつもりだった。
それでも、生き残れる確率なんて本当はほとんどなかったかもしれない。
でも、ゼロではなかった。
「ど、うして……?」
見開いた少女の目から、涙が一筋落ちる。
「だって、俺はお前のお父さんなんだろ……?」
「違、う……。わたし、死にたくなくて、でも、元にも、戻りたくなくて。咄嗟に……。それだけで、ホントは……」
「そんなの、どっちでもいい。これから! 本当に家族になればいいだろ……。お前は、間違ってないよ。
──やっぱり何も、間違えてなんてなかった……!」
少女はもう、人形には見えなかった。血を吐き出した唇が痙攣するように、ゆっくり笑みを形作る。
少女の傷口を押さえたロイドの手から、血が次々と漏れ出していく。指の隙間からそのまま、命が零れ落ちているみたいだった。
「あり、がと……」
「そんな言葉、いいんだ。町を出て、二人で今度こそちゃんと、一緒に暮らそう……。親子として、今度は一緒に生きよう。
俺、もっといろんなこと教えれるようになるよ。名前だって一緒に考えよう。そしたら……!」
「うん、うん……!」
「いき、たかった、なぁ……」少女の目から、涙がボロボロと零れ落ちた。命が消える時の、見慣れた虚ろな目。少女の瞳の奥でゆっくりと、光が消えていく。
何かを求めるように、少女の伸ばした手が暗闇を彷徨う。
「わ、たし、生まれ変わったら、おとーさんの、ホントの子供に、なれるかな……?」
「……なれるよ」
「約束、して、くれる……?」
「うん……。絶対に……」
ロイドはその手を取って、叶う保証のない、約束をした。
「おとー、さ、……だい、す──」
世界中の幸せを溶かしたみたいな顔で笑って、少女は静かに動かなくなった。
もう届かないと知りながら、ロイドは少女を縋るように抱き締める。
呟いた返事は、どこにもいかずただ──夜に落ちて消えた。
最初のコメントを投稿しよう!