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第180話 乙女心を粉々に砕く悪魔
貿易協定を含んだ和平協定は無事結ばれた。この結果は問題ないのだが、途中でひと騒動起きる。
「私、この人と結婚するわ」
突然宣言したのは、ベリル国王の第一王女アクアマリンだった。指差す先で、メフィストが片眼鏡を指先で押し上げる。じっくりと上から下まで王女を眺めた後、首を横に振った。
「ご辞退申し上げます」
とりつく島のない即断即答だった。一応建前として、王女を確認したという形を作ったところが、最低限の礼儀で最上級の嫌味だろう。
「嫌よ! この人がいい」
お父様お願い。両手を合わせて父王に懇願する少女は、メフィストの外見がお気に召したらしい。
「問題ないの?」
「問題はない。あの雌……王女に手玉に取られるほど愚鈍な男ではない」
結んだばかりの協定にヒビが入るんじゃない? そう心配したアゼリアに対し、イヴリースは余裕で失言しかけ、慌てて単語を選び直した。番以外の存在に関しては、本当に雑な魔王である。
「そうしたら魔国との関係も密接になるし、私も幸せになれるわ」
一理あるとベリル国王が唸る。だが簡単に決めるわけにいかない。同盟国の宰相といえど、拒否するメフィストの意思を無視した政略結婚は無理があった。
「……魔王陛下、許可をいただけますか?」
ここでメフィストは満面の笑みで、主君に発言許可を求めた。王女はこれに「結婚の許可かしら」と乙女心を弾ませ、周囲は「嫌な予感がする」と顔をしかめる。
「よい、好きにせよ」
イヴリースは迷うことなく許可を与える。メフィストの厄介な性格を理解し、それでも自由にさせるのは度量でもあった。拗れたらそれでも構わない。この程度で壊れる協定ならば、近いうちに別のトラブルで木っ端微塵となるだろう。
種族も生活環境も価値観も違う3つの種族が集うのだ。激突するなら早いうちにやり合った方が被害が少ない。
「では遠慮なく。まず……アクアマリン王女殿下、でしたか? 他国の権力者を指差す行為は、敵対と見做されますのでご注意を」
これは大変なことになった。アゼリアとベルンハルトは青ざめる。ノアール国王は挙動不審になり妻にしがみついた。ブリュンヒルデ王妃とヴィルヘルミーナは、期待に目を輝かせる。
「我が国を魔国と呼称されましたが、サフィロス国と訂正させていただきます。名前や種族名を間違うのは、失礼を通り越し無礼ですよ」
始まった!! やっぱり説教なのね。一度は顔色を青くしたアゼリアだが、小気味いいメフィストの発言に身を乗り出した。
「王族の婚姻には王の許可はもちろんですが、議会の承認も必要でしょう。政のルールを無視するような女性は、どこの国でも引き取り手はありません」
厳しい一言に、ベルンハルトも思わず頷いていた。王女という血筋だけ見て娶れば、痛い目を見るタイプの少女だと判断したのだ。
「あなたは私の外見をお気に召したようですが、私はあなたの容姿のどこにも惹かれません。政略結婚しなければならないほど、我が国は弱くもありませんし。あなたを娶るメリットがひとつもないのに、私が譲歩する必要がありますか?」
王女だけれど価値はゼロ――痛烈な否定に絶句した少女は、父王にしがみついたまま動けなかった。
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