第182話 舐められて終わるな

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第182話 舐められて終わるな

 ルベウス王城に戻るなり、メフィストは舌打ちした。王族の前での態度ではないが、誰も口に出して咎めない。 「先手を打たれましたね。私としたことが……」  苛々した口調で吐き捨てた後、深呼吸して気持ちを落ち着ける。その様子をイヴリースは詰まらなそうに眺めて、土産にと持たされた海産物を収納に放り込んだ。 「お前にしては珍しい不手際だ。油断したか?」 「申し開きのしようもございません」  普段より格段に丁寧な詫びを入れて、ゆっくり頭を下げた。彼らのやり取りに、ベルンハルトは肩を竦める。  普段は好き勝手に振る舞う魔王だが、馬鹿では務まらない。政治的な問題は宰相に預けていても、対外的な対応はすべて把握していた。だからこそ口から出た叱責だ。本音で切り捨てた言動は問題ないが、それを政治利用されたことが問題だった。 「意外とタヌキだったわね」  ブリュンヒルデ王妃も状況を正確に把握したらしい。意味がわからずきょとんとしたのはアゼリア、ヴィルヘルミーナの2人だった。ノアールは多少理解したらしく、顔を顰める。 「こちらの力量を測ろうとしたのであろう」  罠にハマったと呟くルベウス国王ノアールに、甥のベルンハルトが追加した。 「それもありますが、あの王女を何とかしたかったのでは?」 「やだ、そんなの押し付けられても困るわ」  事情を理解したヴィルヘルミーナが遅ればせながら、眉をひそめる。アゼリアは大きく溜め息を吐いた。 「育てたのは自分達なのよ? 自国で片付けてもらいたいわ」  ユーグレース国もそうだが、人間の国はどうも身勝手が過ぎる。そんな表情で嫌悪を露わにしたのはメフィストだった。 「我が侭王女を、本気で国外に出す気はないでしょう。国交に影響が出ますから、失態を演じさせて封じ込めるのが目的だったと思います。完全に利用されました」  立場の強い国の王族や高官相手に失態を犯せば、国内からの反発を抑え込んで処断できる。それを狙ったのだろうと言われ、イヴリースは口角を持ち上げた。 「随分と聞き分けがいい。何を仕掛けてきた?」 「人聞きの悪い言い方をなさる。私は聞き分けの良い宰相ですよ」  眼鏡を手の中で弄ぶメフィストの表情は、悪魔達を束ねる男に相応しい黒い笑みだ。大人しかったがベリル国に対し、手を打って帰ってきたと公言した。 「利用して利用されて、いいじゃない。互いに損しなければね」  ある意味、政治取引の世界の核をついた発言をしたアゼリアは、イヴリースを見上げる。真綿で包むように守る婚約者が身をかがめ、頬と唇にキスをくれた。 「メフィスト、しばらく休暇をくれてやる」  好きに動け。舐められて終わるな。休暇という単語に秘められた命令を受け、魔国の宰相はゆったりと頭を下げた。
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