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第183話 ストッパー不在
「これなんか素敵ね」
「こっちは? 透明感があるのに艶もあって綺麗だわ」
アンヌンツィアータ公爵家の女性達は、アゼリアの衣装選びに同行していた。というのも、前夜の女子会と称した飲み会で、3人が意気投合したためである。
「イヴリース、これはどうかしら」
「素晴らしいな。アゼリアほど着こなせる女性を、オレは知らぬ」
ドレス自体のデザインは決まり、すでに魔国で製作が始まっている。選んでいるのは、上に羽織るローブ型の薄布だった。結婚式で獣人の女性が必ず羽織ると聞き、アゼリアが欲しがったのだ。大切な婚約者の望みを、イヴリースが断るはずもない。
お目付役メフィストがいない隙に、と女性達に同行して買い物を始めた。収納空間に入れたため目立たないが、すでに14店舗で買い物を済ませていた。彼女らは15店舗目にしてようやく、目当ての薄絹にたどり着いたのだ。
「こっちも素敵だと思うわ」
違う布を肩にかけると、満足そうにイヴリースが微笑む。
「そちらも良い。いっそ店ごと買い上げるか?」
店主が狂喜乱舞しそうな発言が、魔王から飛び出す。王妃であるブリュンヒルデが同行した時点で、店主はすでに興奮して倒れていた。王室御用達の称号が貰えると喜び過ぎたらしい。
店主を放置して勝手に店を漁るブリュンヒルデとヴィルヘルミーナは顔を見合わせた。
「素敵な旦那様ね」
「私も言われてみたいわ」
実家も婚家もお金はあるので、やれば出来るだろう。だが自分で買うのでは意味がない。婚約者や夫に同じ発言をして欲しいのだ。実際は買わなくてもいいから……言われてみたい。
うっとりと妄想に浸る2人の隣で、アゼリアは首を横に振った。
「そんなことしたら、結婚間近の獣人女性が困ってしまうわ。私はイヴリースが選んでくれる1枚があればいいの」
買うのは1枚――その言葉にイヴリースがよろめく。結婚式に使う薄絹を1枚のみ、つまり自分以外とは絶対に結婚しないと宣言した。魔王はそう受け止め、自然と頬が笑みを浮かべる。首の辺りが少し赤い。番からの告白に似た言葉に照れと興奮が、全身を駆け巡った。
歩み寄って、じっくりと店内を確認する。奥にしまわれていた布を1本選びだした。暗い場所にあると目立たないが、光を浴びて輝く布は黄金にも匹敵する美しさだ。
巻いて1本の筒状態になっていた布を解き、アゼリアの頭の上から掛けた。
「これはどうだ? そなたの琥珀とも相性がよいだろう」
「イヴリースが選んでくれたんだもの、これにするわ」
そっと布の影で口付けを交わす。それをみたブリュンヒルデの尻尾が興奮で震える。互いに互いの口を押さえて声を塞ぎながら、ヴィルヘルミーナと目で会話した。
『こうでなくちゃね!』
『うちの夫にも出来るかしら』
『ベルにも選んでもらいましょう』
顔を見合わせて頷き合うご令嬢とご婦人をよそに、アゼリアは選んでもらった透き通る美しい布に手を滑らせた。
「素敵、私……イヴリースのお嫁さんになるのね」
実感が湧いたと微笑むアゼリアは、イヴリースのマントの陰に引き摺り込まれ、口紅がほとんど取れるほど貪られた。普段なら止めに入る宰相の留守は、程よく愛を深める一助となったらしい。
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