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第188話 牢内の死体検分?
駆け込んだ地下牢で、1人の男が倒れていた。喉をナイフで掻き切って死亡したらしい。自殺とも他殺とも判断できる状況だが、当然他殺だった。牢内に囚われた罪人がナイフを隠し持っているはずがない。そのための身体検査も念入りに行ったのだから。
「見事な傷だ」
躊躇い傷もなく、最初から深く切り裂いた傷を確かめたイヴリースが笑みを浮かべる。ベルンハルトも頷いた。ノアールは血に弱いのか目を逸らし、代わりに王妃ブリュンヒルデが屈んで確認する。
合図された騎士が下がり、イヴリースは結界を張った。覗き見や盗聴を防止するためだ。それから徐に、死体を振り返った。
「起きろ、ゼパル」
命じられた死体が指先を動かし、少しして身を起こした。切り裂かれた喉を手が撫でると、傷口は綺麗に消え去る。それから手足を伸ばして、強ばった体を解した。
「ひどいっすよ、陛下。呼んでくれたと思ったらこんな仕事だなんて」
ぼやきながら唇を尖らせる。徐々に顔が幼くなり、ごつい体も小さく縮んだ。姿を真似る能力を持つゴエティアの一員だ。完全に姿や魔力の色を偽れるのは、ダンダリオンとゼパルだけだった。
「ならば次はダンダリオンを呼ぶ」
さらりと切り返され、慌ててゼパルは姿勢を正した。きちんと石床に座り直し、素直に謝罪した。
「すんません、次も呼んで欲しいです」
魔王の影武者であるダンダリオンが動かせない今、代わりに呼んだのだが……。徐々に小さくなった青年は、ひょろりと細かった。痩せすぎと表現できるガリガリの指先で、ぽりぽりと顔を掻く。
「首を切りに来た犯人を記録したか?」
「もちろんっす。バッチリ映ってます」
小さな魔道具を取り出す。ゼパルが倒れて死体を演出したベッドの足元に隠していた。遮る物もなく、檻の向こう側に立ったであろう犯人を映せる位置だ。満足そうに頷いたイヴリースが、取り出した箱を手渡した。他にも魔道具は仕掛けてある。
「これは褒美だ」
「ありがとうございます!!」
大喜びで箱を受け取り、中を覗いてにやにや笑う。骸骨に薄い肉と皮がついた餓死寸前の姿だが、元気そうだった。
「何をあげたの?」
「これだ」
興味を持ったアゼリアの手のひらに、イヴリースは小さな石を置いた。見た目はなんということがない石に見えるが、魔力が含まれている。
「魔石? にしては弱い」
ベルンハルトがじっくり眺める。ヴィルヘルミーナは指先で突いてから首をかしげた。
「何に使うのかしら」
「な、なんでもいいじゃないっすか」
隠されると知りたくなるのが人の常。そして煽ったゼパルに、アゼリアが無邪気に問う眼差しを向けた。
「アゼリア、頼るならオレに頼れ」
他の男を見つめるのが気に入らない。独占欲を露わにする魔王だが、ここはロマンチックな場所ではない。一応、殺害現場という括りに入る牢内だった。実際は死んでいなくとも……。
「上に戻るか」
「死体はどうするんっすか?」
「お前はそこで死体をしていろ」
アゼリアの気を引こうとしたんだ。そのくらいの罰は覚悟しろ。褒美を与えた魔王は、当然のように部下を切り捨てた。
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