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第190話 懐かしい会話が生む余談
出かけたきり、国王である息子が帰ってこない。魔王に嫁ぐ娘も一緒で、そのうえ可愛い未来の嫁もついていってしまった。
「お茶の相手がいないわ」
むっとした顔で、カサンドラはハーブを摘む。指に力が入って乱暴な千切り方になってしまい、大きく溜め息を吐いた。ハーブティで気持ちを落ち着けようと思ったのに、これでは逆効果ね。そう呟いた彼女の肩に、淡い水色のショールが掛けられた。
「俺でよければ付き合うぞ」
「そうね」
毎日付き合わせている夫アウグストだが、彼も国王代理で忙しい。クリスタ国はやっと立ち上がったばかり、まだ土台が固まっておらず磐石には程遠かった。ベルンハルトを呼び戻した方がいいかしら。
考え事をしながらお茶の用意をする。東屋よりオープンスペースを好むカサンドラは、丸く敷き詰められた石造りのサークルの上を選んだ。手早くハーブを入れてお茶を注いでいく。
「ベルを呼び戻さないといけないわ」
「まあ……そうだな。少し留守が長い」
反論しない夫を援護と判断し、カサンドラは通信用のブレスレットを撫でた。その指先を、アウグストが掴む。引き寄せて唇を押し当てた。
「アウグスト?」
「良い。あいつも役目はわかっているさ。自由にさせてやろう……それにカサンドラと2人きりの時間も楽しみたい」
「まあっ!」
嬉しがらせを口にした夫に、くすくすと笑う。椅子の端からこぼれた狐尻尾が機嫌良く揺れた。確かにそう考えれば、息子達の留守も悪くない。彼らが帰って来れば、婚礼の準備に忙しくなるのは確実だった。夫婦でのんびりできるのはかなり先になるだろう。
「あなたはまだ私を愛している?」
「もちろんだ。君以外を愛することはないよ」
これは懐かしい会話の再現だった。一目惚れで求婚したアウグストは、ルベウスの王女だったカサンドラの父王と約束した竜を倒した。戻ってきた彼に、まだ私と結婚したいのかと問うたのは、カサンドラなりの気遣いだった。
褒美はなんでも望むままに――それが先代ルベウス王の言葉だ。ならば別の女性であっても、それ以外の黄金や宝石であっても望むまま与えられる。珍しい魔道具もあるし、可愛い獣人女性もたくさんいた。きっと目移りするに違いない。そう考えたカサンドラは、竜殺しの英雄に問いかけた。
出会った頃と変わらぬ真っ直ぐな眼差しでカサンドラを射抜き、アウグストは片膝をついて王女の手に口付けた。返答は先程と同じ、他の誰も欲しくないと言い放つ。その覚悟と強さに、カサンドラは自らの意思で嫁ぐことを決めた。
人間ばかりの国で、常に耳や尻尾を魔法で隠さなくてはならない。知らない作法やルールを覚え、人間の妻として振る舞った。ユーグレース国の宰相夫人に相応しい女性であるために。
「うふふ……だったら、ベルやアゼリアに弟妹をプレゼントできるかしら」
「もちろん! 君が望む全てを叶えるのは、俺の権利だ」
お茶をゆっくり楽しんでから、アウグストは妻カサンドラを抱き上げて屋敷に戻る。その数時間後、戻ってこない国王代理を探して、執事や執務官が屋敷中を探し回ることになった。
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