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みなさんは床屋派?美容院派?
僕は専ら床屋派である。遡れば保育園時代から床屋派である。そんな僕が今までの人生で1度だけ、たった1度だけ美容院を訪れたことがある。その時の出来事を記したいと思う。
そもそも今まで床屋派だった僕がなぜ美容院に行ったのか、そのきっかけは高校卒業に関係する。高校時代というのは校則があり、様々な制限が設けられている。ピアスはもちろん特別な事情がない場合のバイト、自転車の種類まで…。できないことが大量にある。そんな数あるできないことの中には髪を染めるというものがある。ファッションに疎い僕だって髪くらい染めてみたいのだ。
てなわけで、高校卒業したら髪染めてやら!と意気込んでいたわけである。
時は流れ、なんだかんだ高校卒業。
鬱陶しい校則とはおさらば!卒業まで頑張れ後輩たちよ。などと嫌われる先輩面をして卒業したのだが、いざ髪を染めようと思ってもどこで染めるべきか分からない。今まで行っていた床屋はそんな髪を染めるなんてことしてないっぽいしなあ。やっぱり美容院なのかなあ。…美容院か、こわいなあ。
当時の僕は、美容院はオシャレで「〜ざます」とか言っちゃうマダムとか、青春真っ只中で陽気な人が行くところだと思っていた。なかなかの偏見であるが、つまりは敷居が高い場所だと思っていたのである。「〜ざます〜おっほっほっほ〜」みたいな世界に、こんな田舎もんの一端の高校生が足を踏み入れてよいのだろうか。色々悩んだ結果、ちゃんと髪を染めるには美容院に行くしかないけど、地元の小さな所に行こう。と決めたのだ。
この時代は便利なもので、お店の予約からどんな注文かもネットでできる。人見知りの僕にはめちゃくちゃありがたい。メニューは「カラーとカット」にした。
ぽちぽちと必要事項を入力し、予約完了。
予約しちゃった…大丈夫かな。髪色とか画像調べておいた方がいいよな。と緊張しているうちに予約日が迫ってくるのであった。
当日。胸をバクバクさせながら美容院に到着。地元だからといって自転車で行ったのはなんとなく失敗な気がする。理由はないけどね。
ガラスの自動ドアが開く。うわ、店内おしゃれやわー、お客さんで男の人全然おらへんやん。誰に何を言えばいいんだろ。予約したって言えばいいのかな。
「あ、あのーネットで予約したんですけど」
「はい。ではこちらのシートにご記入してください」
レジの横にいた女性スタッフさんに促されて椅子?ソファ?みたいなところに座り、渡されたシートを記入する。こんなの書かなきゃいけないのか〜そう思うと床屋は楽だなあ…。と記入を終え、しばらく待っていると名前を呼ばれる。
鏡の前の椅子に案内され、しばらく待機。何だこの時間。何してればいいんだ。鏡越しに店内を観察する。他のお客さんは40代くらいの女性が多く、全然「〜ざます」とは言ってなかった。そんなことを考えていると、僕の担当らしき美容師さん(仮に伊藤さんとする)が後ろに立った。若い男性で、バンドでギターやってます的な人だった。これも偏見である。
「今日はカラーとカットだよね〜?」
「はいそうです」
「カラーは初めて?」
「はい初めてです」
緊張しまくっていて口調が堅くなる。
ちなみにこの会話の間、伊藤さんは僕の髪の毛をずっと触っていた。
この後にシャンプーとカットをされたのだが、緊張していて順序はよく覚えていない。
ただ、シャンプー台の椅子に座る位置がよく分からず、「あ、もうちょっと上、もう少し下に…」と別の美容師さんを困らせてしまったことと、カット中伊藤さんも僕も終始無言だったのは覚えている。てっきり美容師さんはめちゃくちゃ話しかけてくるものだと思っていたので驚いた。というか僕が緊張して何も話さないため、伊藤さんは「あ、この人は喋らない系の人だ」とラベルづけをされたんだと思う。そうであって欲しい。
カットとシャンプーがひと通りおわると次は待ちに待ったカラーである。僕はちょっと明るめの赤にしたかったのだが、伊藤さんに
「あ〜初めてだとここまではならないね」
と一蹴されてしまったので、妥協してほぼ黒の赤にしてもらう。
なんか変な臭いの絵の具のようなものを頭にぺたぺたと塗られていく。ここはなんだか不思議な感覚で面白かった。そしてラップを巻かれて「じゃあ20分くらい待っててくださいね〜」と放置される。スマホをいじり出した時、伊藤さんが「何飲まれます?」とドリンクの名前が書かれた小さなメニュー表を見せてくれた。おお、美容院は飲み物まで飲めるのか、すげえ。これってお金かかるのかな。
と、考えていたら普段は飲まないオレンジジュースを選んでいた。
運ばれてきたオレンジジュースをすぐに飲み、口を潤す。ああ、いいねこれ。
少し落ち着いてきたのか肩の力も抜けたように感じる。
20分後、伊藤さん登場。ラップを外される。
光が当たると若干赤っぽい髪色になった僕は再びシャンプー台へ。また椅子に座る位置で美容師さんを困らせてしまった。
ドライヤーで髪を乾かしてもらい、整えてもらう。
「ワックスつけますか?」
「ああ、お願いします」
この後なんの予定もないし誰に会うわけでもないのにワックスなんてつけさせて申し訳ない。ごめんなさい。
「はい、じゃあお疲れ様でした〜」
とレジへ案内される。お会計の後、伊藤さんが名刺を渡してくれた。
「また来ていただけるなら今予約もできますよ」と言われたがもう行かない気がするので
「今は分からないので…」とごまかした。伊藤さんも「この無口な田舎もんはもう来ないな」と思っていたに違いない。
店を出る。自転車にまたがる。このままお店の前通ったら「わ、せっかくワックスでセットしたのに」と思われるかもしれないと不安になった僕はちょっと大まわりしてお店の前を通らないように帰宅した。
こう書いていると美容院ももう1回くらい行こうかな、と思うが実際には行かないだろう。伊藤さんの名刺も失くしてしまったし、もう行きつけの床屋の予約をしてしまったので。
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