双子座の片想い

21/25
前へ
/25ページ
次へ
<21>  春樹が死んだ直後、俺は遺体に擦り付いて泣くだけ泣いた後、病院の屋上に駆け上がり、とにかく誰かに何かを言いたくて、携帯電話をかけまくった。  ・・・もしかしたら、さっき死んでしまったのは春樹じゃないと、そう確認したかったのかも知れない。  俺が半狂乱でかけまくった電話は、一件だけヒットした。  「・・・hello?エルンストか?どうしたそんな金切り声を出して」  相手の余りの冷静さに、俺も一瞬頭が覚めて我に返った。  ちなみにエルンストは俺の名前、親葉はミドルネームだ。  携帯の画面を確認すると、相手は数度しか会った事の無い人だった。  ヨアン・フレドリク・オークス・・・俺の母さんの妹の旦那さん、だった筈だ。  俺の叔父にあたる人で確か、陸軍の軍人だったと思う。  我に返った途端、また涙が溢れ出して来た。  俺が再び嗚咽し、泣きじゃくっていると・・・。  受話器の向こうで、小さく冷静な声が  「・・君の話はよく聞き取れないが、困っているらしい事は分かった。丁度近くに来ている。今からそちらに向かう、待っていなさい」  そう告げて会話は途絶えた。  ・・・・それからものの数十分で、その人はやって来た。  なんと、軍のヘリで。  突然現れた黒く大きな軍用ヘリが、数回旋回して近づいたかと思えば・・・。  急にロープが下ろされ、スーツ姿の白人男性がロープを伝って飛び降りて来た。  そして、俺の眼前に綺麗に着地。  それこそ、ハリウッドのスパイ映画の様に。  ヘリはロープを回収すると、そのまま何事も無かったように飛び去っていった。  男性は飛び去った方角に軍隊式の敬礼を行い、俺に振り返った。  ・・・その人は本当に・・・ハリウッド俳優顔負けの容姿の超絶イケメンだった。  俺はその時腰を抜かしていて、声も出せずにいた。  「・・・久し振りだなエルンスト。暫く見ない内に大きくなった」  俺は冷静過ぎるその声にはたと我に返り、大きな深呼吸を数回して立ち上がり、言葉を返した。  「あの、さっきはすみませんでした。・・・ヨアン叔父さんですよね?」  「ああ、そうだ」  「・・・何でヘリなんですか」  (色々質問はあったんだが、それが先ず一番の謎だった)  「エルンストがかなり困っている様だった。軽く調べたら、先程の通り魔事件の話題がヒットして、もしやと思いノーフォーク空軍基地に帰投するヘリに寄り道をお願い  した」  「・・・・・・(この人すげえ(色んな意味で))」  「で、ここに着くまでに大まかに君たちの家庭の困難について調べたのだが・・。原因は君の父方の祖父と見たが」  「・・・ええ(この人すげえ(二度目))」  「とりあえずは詳しい話が聞きたい。ハワードと柊子も此処に居るんだろう?何せ、殺された人物はエルンストの同居人であり恋人だものな」  「・・・・・はい(この人すげええええ(三回目))」  ヨアン叔父さんはそのまま非常口に足を向けたのだが・・。  それを俺が制止した。  「待って下さい、父さんと母さんにはこんな事、絶対に話せません。俺は全てを奪ったあの祖父が憎いんです!ヨアン叔父さんは軍人でしょう?俺にあのジジイの殺し方を教えて下さい!俺が直接、この手で止めを刺したいんです」  「・・・正気か?」  俺の必死の告白に、叔父さんは軽く眉を顰めたが・・。  俺は大きく頷いた。  「俺の恋人、春樹のお腹には四か月の子がいました。俺の子です。俺は今日、大切な人を二人一気に亡くしてしまったんです!あのジジイの利己的な奸計の所為で!俺を一インチでも可哀想だと思ってくれるのなら、俺にあのジジイを殺す術を教えて下さい、お願いします!!」  俺は話しながら再び、涙を流していた。  ヨアン叔父さんは暫く考え込んでいた。  だがちらと俺を見て、大きな溜息を一つ吐いた。  「・・・そうだな、確かにハワードと柊子には聞かせられない。だがエルンスト、お前の気持ちもわかる。それに、私の一族の末席をあの様な下賤で恥知らずな輩に汚されるのは、私としても許しがたい。・・良いだろう、この件は私が片を付けよう。だから、お前はくれぐれもあんな落ちぶれた屑の為に人生を棒に振る事の無い様にしたまえ。分かったか?」  「はい。・・・でも具体的に、どんな風に?」  さらりと言ってのけられた、その方法がやたら俺は気になった。  だがヨアン叔父さんはフンと鼻で笑った。  「お前が知る必要の無い事だ。この世界には、ああいう輩に相当の相応しい貶め方がある。・・・まあ黙って見ていなさい。それと、この事は他言無用だ」  その時・・一瞬垣間見せた氷の様な表情。  俺はこの人の本質を見た気がして、ぞっとした。  俺は思わず、こくこくと二度頷いた。  「無論です、絶対に他言はしません」  「ならば契約成立だ」  ヨアン叔父さんは軽く微笑むと、そのまま非常口の扉を開けて階下に降りて行ってしまった。  俺は必死に涙を拭い、叔父さんの後を追った。      「兄さん達の敵は討てたのか、結局」  冬馬が親葉をキッと睨みつけた。  親葉は無言で頷く。  「・・・どうやって?」  「ああ、言い忘れてたが・・。あの人は情報将校で、その時もペンタゴン(国防総省)からCIAに出向していた諜報のスペシャリストだ。だから、まあ・・鮮やかなモンだったよ」      実際、その手腕は驚く位鮮やかだった。  祖父夫妻はあの翌日、車で夜の山中を走行中に居眠り運転で崖下に転落、事故死。  しかもその崖が微妙に浅くて・・。  鑑識が状況を見て、「死ぬまで随分苦しんだに違いない」と言ったそうだ。  二人とも、未だ事故を起こした直後は意識が有ったらしい。  夫婦二人それぞれが、必死に周囲を血の付いている手であちこち触りまくった跡があったそうだ。  だが、身体が車の間に絶妙な形で挟み込まれていて、脱出は不可能だったようだ。  その後祖父夫妻の車が発見されたのは、事故から5日後。  ただでさえ見つかりにくい山中、しかもその崖はどの車もスピードを出す絶妙に緩いカーブな上、車を停める様な路肩もガードレールも無い所だ。  普通なら皆スピードを出すのと景色に夢中で、よもやそこで誰かが助けを求めているなんて思いもしないような場所なのだ。  それが何故見つかったのか・・。  観光がてらにその山の頂に来た人物が、趣味のドローンを操縦しながら付近の景観を撮影していた所、崖下に祖父の車が転落しているのを発見したのだそうだ。  その時遺体は既に野犬に食い荒らされており、所々骨がむき出しで、祖母の頭と両腕と乳房、祖父は右ひじから先と左手首、眼球や鼻などが所々無かったそうだ。  状況をつなぎ合わせると・・祖父と祖母は、身動きが取れない車内で野犬やカラスに生きたまま身体を貪り喰われた・・・。  ・・・・当然の報いとはいえ、話を聞いて背筋が凍った。  その後検視の結果、祖父の遺体からはアルコールが検出された。  だから当然、保険金は一円も入ってない。  父の兄(俺の伯父)は、更にその翌日に自宅が出火してそのまま帰らぬ人に。  消防の見分では、少しだけ離れたベッドサイドのテーブルに煙草の不始末があったそうだ。  伯父は手足が動かせないのだが、そこはまあ見舞いに来た人物の煙草の不始末とされスルーされてしまった。  もしくは・・伯父には喫煙の習慣があり、見舞い人に頼んであえて煙草を付けたままにして貰って、その煙の臭いを楽しんだのではのではないかと推察された。  実際、以前数度そんな事があったという。  しかしその時は、使用人が火事になる前に灰皿を片付けていたのだそうだ。  だがもう使用人は全て解雇されており、その灰皿を片付ける人物はもう誰も居ない。  ちなみに、火災の前日に週一で来訪する使用人がいたのだが、その時彼は、伯父がベッドの上からあれこれ注文を付けて怒鳴っていた所は「確認した」・・そうだ。  先程も言ったが、財政難で既に使用人も全員解雇されており、重ねて防犯設備を維持する余裕も無かったので、その後の来訪者を確認する術は無いという。  真っ先に疑われた「伯父を半身不随にした」同僚医師は、その日勤務している病院で当直だった。  だからすぐアリバイが証明され、無罪。  それにまあ、”あんな”伯父にも友人は居たらしいから、その後の来訪者が無かったとは言えない。  結局出火原因はグレーなまま、うやむやに処理されてしまった。  ただ、重ねて言うが・・伯父はあの斬りつけ事件以来ほぼ全身が動かせない為、無人の大きな屋敷で生きたまま丸焼けになったらしい。  残念な事に、伯父は動けないだけで頭の方はすこぶる元気だった。  だから・・・・。  伯父はあの時、大きな屋敷の中で誰の助けも呼べずに自分の身体がじわじわ焼けて行くのを、ただじっと見つめるだけだったのだ・・・。  話を聞いた時、やはりぞわりと背筋が寒くなり・・いやな汗が背筋を伝った。  結果、これも自責なので火災保険が下りずにアウト。  親族は相当ごねたらしいが、保険会社もあんなデカい屋敷の賠償なんてしたくは無かっただろう。  だから、執念深くあら探しをしまくって、出火原因がグレーな事を盾にびた一文払わなかったそうだ。  莫大な借金は結局、親族一同が丸被りする形になった。  祖父も祖母も、伯父も・・華やかな上流階級にふさわしく、折々に盛大なパーティーを催して冠婚葬祭を行って来た筈だ。  だが最期は・・・碌な葬儀もして貰えずに、先祖代々の墓所に三人とも投げ込むように葬られ、未だに墓碑すら作って貰えていないそうだ。  埋葬の際、墓守に手渡すチップすらケチったせいで、墓の周辺は見るも無残に荒れ果てているそうな・・。  今でも祖父の借金を親族同士で押し付け合って、揉めに揉めまくっているらしい。  その後、屋敷があった土地は更地にされ、現在も買い手が付かないまま売りに出されていると聞いた。  何でも、祖父一族の土地には「不幸になる呪い」がかかっているんだそうな。  都市伝説じみた話だが、妙に頷ける辺りが笑えてしまう。  そんなこんなで、ペンシルベニアではかなり裕福な資産家だったらしい祖父の一族は、今は見る影もない程に落ちぶれてしまったらしい。  実行犯だったチャイニーズマフィアの方も、その後の抗争やら何やらであらかた幹部が亡くなり、現在は大きな別のマフィアのグループに吸収されて今はもう無い。  春樹を殺すように仕向けたデービッドは、獄中の喧嘩でいとも簡単に刺殺されたそうだ。  その後、元海兵隊員は拘置所で首を吊って自殺。    蓋を開いてみれば、幕切れは随分呆気ない物だった。  ただし。  ・・・その結末を、額面通りに受け取るかどうかは自分次第だ。  だが俺はあれが全て”事故”や”過失”に見せかけた”殺人”だった事を知っている。  その実行犯である”筈”の人の事も。  後ろめたさはある。  しかし俺は一瞬たりとも後悔はしていない。  何故なら・・・あんな碌でもない奴らの為に、俺が失う事になった代償は計り知れないものだった。  だから俺は、一生涯この”罪”も”想い”も抱えて生きていく。    その後、実行犯である元海兵隊員の”元妻”だという黒人女性が、春樹の葬儀で子供の手を引きながらやって来て、泣きながら何度も何度も頭を下げた。  俺はその人の顔を見て、余りの境遇に本当に驚いた。  (彼女の件だけは本当に偶然だったらしい)  彼女は俺が数回春樹の職場に遊びに行った時、春樹のパートナーとして働いていた看護師のキャシーだったのだ。  彼女がシングルマザーだというのは聞いてはいたが・・。  まさか”元妻”だったとは。  彼女は俺に、  「元夫のしでかした罪を購える訳では無いけれど、出来る事なら何でもしたい」  と涙ながらに訴えた。  でも・・・俺も、父さん母さんも、彼女を恨む気持ちはこれっぽっちも無かった。  だから、「仕事を辞めてこの街を去る」と彼女が言った時、  「俺も父も母も、・・・きっと春樹もあなたを恨んでなんかいません。だから、病棟の子供達と貴方の子供の為に、このまま病院で働き続けて下さい。それが俺たちの望みです」  そう告げた。  彼女は今も元気にあの病院で働き続けている。  ・・・彼女もある意味”被害者”だったのだ。  だから俺は恨んでいない。    その後。  ・・結局、俺は春樹の夢の続きを叶えるために医者になった。  だがあの時、憎しみに駆られて人の命を奪った事は俺の心から未だに消えてはいない。  それが例え、自分の手を汚した物で無かったのだとしても。  彼等に報復するだけの正当なる理由が、俺にちゃんと存在したのだとしても。  だから俺は、人命を救う現場の医師にはどうしてもなる気にならなくて、再びヨアン叔父さんの伝手を頼り、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)に籍を置いた。    ・・・運命とは不思議な物だ。  昨年の春の事である。  そのヨアン叔父さんの息子、エドゥアルド(蓮の本名。蓮はミドルネーム)から「助けて欲しい」と連絡があった。  俺と14歳も離れたエドゥアルドは生まれつきの男性型オメガで、色々あって現在日本で子役タレントとして活躍していると聞いてはいた。  そのエドゥアルドが、撮影中の”事故”で妊娠してしまい、困った事に本人がその子を「産む」と言って聞かないそうなのだ。  だが、ヨアン叔父さんは何処かの国に(どうせスパイとして潜入しているのだろう)行ったまま連絡が付かず。  柚子叔母さんも、エドゥアルドの”事故”の一件で少々精神を病んでしまったらしい。  現在柚子叔母さんは入院中だと聞かされている。  俺の母柊子の両親はもう他界して居ない。  ヨアン叔父さんの両親は、ヨアン叔父さんに連絡が付かないとどこに居るのか分からない。  エドゥアルドが言うには、「スコットランドだか、スペインだかの別邸」に居るらしいのだが・・・(城があるとは聞いていた)。  その場所と連絡先が分からないのだから話にならない。  だから、エドゥアルドは現在全く頼るものが何もない状態なのだ。  誰にも引き取って貰えず、エドゥアルドは現在タレント事務所社長の家に厄介になっていると聞いた。  本来なら、ちゃんとした親戚付き合いさえあればこうもならなかったのだろうが・・。  正直、俺は柚子叔母さんが苦手だった。  (後から聞いたら父も母も俺と同じだったらしい)  「本当に血が繋がっているのか?」  ・・・そう母に何度も尋ねた位、母とは似ても似つかない人なのだ。  叔母はやたら小奇麗にしていて、外見だけならかなりの美人なのだが・・。  11離れた姉である母とは違い、祖父母(母の父と母)にベタ甘で育てられたお陰で我儘で自己中で面倒臭い。  自分では何もしないし、甘やかされて育ったから大した事も出来ないと聞いた。  あと、ヒステリーが酷いらしい・・・。  そして一番いやな所。  何か自分に不都合が降りかかると、必ずと言っていい程泣き落としにかかる所。  だから何度か会った事は有ったんだが・・。  気が付いたら疎遠になってしまっていた。  その事は本当にすまなかったと思っている(特に蓮に対して)。  だが俺はあの時の恩を忘れてはいない。  (今度は俺が、蓮を救う番なんだ)  もうその時父は亡くなっていたが、母と相談し、生まれ育った家を引き払って仕事を辞め、祖父母の残した奥浜名湖の山奥の民宿に引っ越す事に決めた。  そうしてはや一年半が過ぎ・・。  俺は春樹の祖母に当たる方から連絡を頂き、無事冬馬との初顔合わせをする事が出来た。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加