双子座の片想い

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<20>  春樹が妊娠した。  俺の子を。  多分、俺の誕生日にモーテルでハメまくった時に出来たんだろう。  現在15週、4か月に入った所だそうだ。  逆算すれば、仕込んだ日付は大体その頃になる筈だ。  だが普通、避妊の為のピルを飲んでいるからおいそれと妊娠はしない筈。  ところが春樹はピルをずっと飲んでいなかった。  何故なら春樹は、堕胎して以来ずっと不妊だったらしい。  ハイスクール時代は、親への反発からピルを飲まずにヤリまくったが、妊娠は全くしなかった。  大学で出会った爺さんと同棲していた時も、半年間コンスタントにピル無しでセックスをしていたが、やはり妊娠はしなかった。  大学の産科専門の医師にやんわりと相談してみたが、ただでさえ妊娠しにくい男性型のオメガだけに、一生「難しいのでは」と言われたんだそうだ。  もう恐らく自分は、一生ピルを飲む必要は無いと思って俺ともセックスしていたのだと言っていた。  だから春樹にとって、妊娠はまさに”青天の霹靂”とでも言うべき「奇跡」の様な事だったらしい。  その日帰宅した春樹は珍しく高揚しており、俺に妊娠を告げた時には感激の涙を流していた。  ・・・だが俺は素直に喜べない。  何故なら俺は未だ扶養家族で、ハイスクールも卒業していないガキだったからだ。  それでも春樹は笑って、  「心配しなくていいよ、この子は俺が大切に育てるから。親葉の重荷にはならないから安心して」  そう言ってくれた。  でも俺にも、春樹のお腹の子の父親としての権利と義務がある。  俺は春樹にお願いしてベッドサイドに腰掛けて貰い、膝をついて屈み込み、お腹に耳を近づけてみた。  「・・トクン・・トクッ・・トクン・・・・」  春樹の身体の奥で、小さな心音が・・確かに息づいていた。  ほんのりだけれど、膨らんだお腹に向けて  「君のパパだよ、聞こえる?・・これから俺の父さんと母さんに結婚の許しを貰いに行くんだ。・・許して貰える様に、君もそこで祈っててね」  そう小さく問いかけた。  春樹は微笑みながら、  「無理しなくていいよ」  そう言ったが、俺の決意は固い。  「いいや、俺の8年越しの恋心舐めんな!誰がどう言っても、俺は春樹と結婚する」  大声で、そうきっぱり断言した。  そして春樹の前に膝まづき、手を取った。  「どんな事があっても、俺は春樹と死ぬまで一緒に居たい。今すぐには出来ないけれど、俺と結婚して下さい。お腹の子も俺が大切に育てるから」  そうプロポーズした。  春樹は涙ながらに、  「こんな・・俺でいいの?本当に?」  そう尋ねて来た。  俺はきっぱり、  「春樹が良い、春樹じゃなきゃダメなんだ。俺は春樹を愛してるから」  そう言った。  春樹は強くぎゅっと抱きしめてくれた。  そして、耳元で小さく  「有難う、俺も愛してるよ親葉」  そう言って頬にキスをしてくれた。    少々早すぎる孫の知らせを、父と母は殊の外喜んでくれた。  俺はほっとして、(まあ正直あの両親だし、大して心配はしていなかった)シャワーを浴びて出て来た春樹を抱き上げてベッドまでお姫様抱っこしてしまった。  春樹は明日は非番なので、ちゃんと産婦人科を受診した後出産に向けた手続きをしに、隣の州であるニューヨーク州に行って来ると言った。  ここら辺の在日本総領事館での手続きなんかは、都度都度ニューヨークに行く事になっていたからだ。  ・・その日の夜。  春樹は俺に  「親葉と番いたい。項を噛んで欲しい」  とお願いして来た。  俺は思わず  「・・・未だ、冬馬を振り切って無いんじゃないのか、春樹は」  そう尋ねてしまった。  「・・・・・えっ?」  俺がその言葉を口にした瞬間、春樹は呆気にとられた表情をしていた。  その後まず、ここ数日のセックスレスとすれ違いについて謝罪を受けた。  その後春樹がポツリと、  「親葉はどれだけ俺が無防備に項を晒していても、絶対に噛もうとはしなかった。何故だろうと思っていたけれど・・・そういう事だったんだね」  そう呟いた。  そして、冬馬について語ってくれた。  「俺は・・俺たちは出会った瞬間から「運命の番」であることを運命付けられていた。冬馬に出会った瞬間から、俺の身体はオメガに変質してただひたすら冬馬を求める様になってしまった。夏の一か月、冬馬と俺は求め合い・・ただただ交わり合った。そして、妊娠した。・・・・その後は、親葉の知ってる通りだよ」  俺はそれを聞いて一気に不安になった。  「だったら・・俺なんかとより、冬馬と番った方が良い筈だ」  ・・・心にもない事を、つい口にしてしまった。  その時春樹は泣きそうな表情で、  「もう俺は日本に全て置いて来たんだ。冬馬も、家族も友人も。俺は二度と日本の土を踏むつもりは無い。父もそれを望まないだろうし、冬馬には俺なんかよりずっといい相手がいる筈だから」  そう言いながら無理矢理笑った。  俺は咄嗟に、春樹を強く抱きしめた。  「ゴメン、傷付けるつもりは無かった。でも、何かに付けて出て来るその名に、俺もずっと悩んで来たんだ」  俺のその一言に、春樹の表情が露骨に変わった。  「・・・口にした事、有ったのか」  俺は無言で頷く。  「病院の屋上から自殺しようとした時も、それから俺が添い寝しだして暫くの間も。・・・大学に入学してからは聞かなくなっていったけれど、それでもごくたまに、寝言やうわ言でその名を聞いていた・・・だから」  俺が申し訳なさそうに春樹に告げると、春樹は俺を強く抱きしめた。  ・・・涙を流しながら。  「気にしなくて良い。俺は親葉を愛してる。もう俺にはずっと、親葉しか見えていないから」  ・・女々しい事は分かっていても、俺はもう一度念押しした。  「・・・もういいのか、本当に?」  答えは、春樹のキスと共に返って来た。  「ああ。過去の男の事は親葉が全て忘れさせてくれた。もう俺には親葉しかいない」  俺はもう・・・・最高の気分だった。  ここ数年のわだかまりが解け、心身ともに春樹と晴れて公認の仲になれた気がした。  俺はその直後、春樹に誘われるがまま愛し合い、晴れて番になった。    だがその次の日。  俺は絶頂から地の底に引きずり落された。    時刻は未だ11時前。  ランチタイムにはまだ早い筈だ。  俺は学校の何時もの席で、眠い目を擦りつつ退屈な授業に耳を傾けていた。  しかしその日は・・・・。  ハイスクールの校長が血相を変え、急に授業中の俺のクラスにやって来た。  「君の大切な人が現在危篤状態になっているそうだ。もう時間が無い、急ぎなさい」  俺は何が何だかわからず、とりあえず呼んでもらっていたタクシーに飛び乗って春樹の勤務先の病院に向かった。  だが俺は「大切な人」とだけしか聞かされてはいない。  まさかそれが春樹の事だなんて、その時は思いもしなかった。  だが、タクシーが病院に近づくにつれて状況が一変した。  病院の玄関横には規制線が張られ、数台のパトカーの横で十数人の警察官がそれぞれ何かをしていた。  その横の生け垣の周囲には・・・びっしり飛び散った血と血だまりが出来ている。  ざわざわと、胸騒ぎがした。  視界がおぼつかない。  吐き気がして来た。  身体に力が入らない。  さっきから頭が痛くて仕方ない。  俺が玄関の自動ドアをくぐると、父さんが無言で俺をⅠCUに連れて行った。  そこには、春樹がいた。  ・・・実際には、春樹らしい人物。  (だって、春樹は今頃ニューヨークに居る筈)  その人物は、身体中を包帯でぐるぐる巻きにされ、何本もの管が身体中に取り付けられていた。  ベッドに寝かされてはいるが、どう見ても助かりそうにない。  巻かれた包帯からは血が滲み出していて、白い筈の包帯が真っ赤に染まっていた。  その人の横・・・・生命維持装置だろうか。  ひっきり無しにハスキーな警告音を鳴らして何かを告げている。  それなのに医師も看護師も項垂れたままで、何の処置もされる事は無かった。  その俺の視界の中に、母さんが何故かいた。  (何で父さんも母さんもこんな所に居るんだ・・・・)  おぼつかない頭で、何故かそう思った。  母さんは俺を見つけると、ICUの中に無理矢理引きずり込んだ。  母さんが何かを泣きながら叫んでいるのだが、何を言っているのか分からない。  だが・・母さんのその金切り声の所為で、血塗れのその人が、ゆっくり目を開けた。  ・・・・俺は気づいたら膝から崩れ落ちていた。  涙は止めどなく溢れ、微かに動いたその手を、必死に握りしめていた。  その人は、俺を見て泣いてくれた。  「ゴメンな、親葉。・・子供、産めなかった・・・・」  その人は、俺にそれだけ告げるとまた泣いた。  (嘘だ・・・こんなのが別れだなんて!絶対に嘘だ・・・・)  ・・・・・その直後、春樹は静かに息を引き取った。    春樹は刃物を振り回す暴漢に襲われ、亡くなった。  背中には数十か所もの刺し傷があったそうだ。  春樹は咄嗟におなかの赤ちゃんを庇う為に背を丸めてしゃがみ込み、鞄を盾にして必死にお腹だけを守っていたそうだ。  致命傷は、最初の物が相当深く・・一撃で肺と心臓を損傷したことによる失血死。  ・・・・お腹の赤ちゃんは、春樹が必死に守り通した為に無傷だった。  だが、まだ四か月の幼い命は諦めざるを得なかった。  犯人は直ぐに捕まった。  その病院で働く、看護師の元亭主だそうだ。  そいつは元海兵隊員で、海兵隊を辞めた後酒に溺れ、妻に愛想をつかされて離婚したらしい。  しかしまだ未練があったらしく、ストーカー化して前妻をあちこち探し回って居たのだそうだ。  許しがたいのは、その話に裏があった事。  そのアル中の元海兵隊員に、嘘を吹き込んで焚き付けた輩が存在した。  そいつの名は、デービッド・彭。  この病院の産婦人科で医師として働いていた。  だが、そいつの医師免許は嘘っぱちで医師免許は偽造されたものだった。  そいつの本当の顔は、チャイニーズマフィアの殺し屋。  とある人物の依頼を受けて病院に潜入し、春樹にずっと嫌がらせを行っていた。  そいつは春樹を貶めて医師免許を奪い取り、尚且つこの国から追い出すことを任務として請け負っていた。  実際春樹はこの男が赴任して以来、ずっと何がしかの嫌がらせを受け続けていた。  それは同僚たちが口々に供述してくれた。  けれどもそれで、春樹の旗色が悪くなっていた訳じゃ無い。  むしろ・・・・  「春樹は何も悪くない。デービットが何かしら画策して春樹を貶めようとしていただけだ」  と、皆が口々に春樹を擁護してくれた。  当然だが、春樹はこの病院のスタッフと患者達から絶大な支持を得ていて、最初からデービッドには不利な状況が続いていた。  重ねてデービッド本人も大きな失態を犯していた。  この病院に通院する産科の患者に次々手を出し(それもどうやら春樹に濡れ衣を着せる一環だったらしい。しかも余罪多数)、就職ひと月足らずでクビを勧告されていた。  今日限りで病院からの退去を命じられていたデービットは、焦った挙句にかねてから計画していた方法で春樹を襲わせた。  その方法は、というと・・・。  周囲をうろついていたヤバいストーカーが実は院内で働く看護師の元夫で、未だ妻に未練がある事をデービットは予め調べ上げていた。  だから、その日も病院の周囲をしつこくうろついていた男に、  「あいつ(春樹)がアンタの嫁に色目を使うクソ野郎だ。ほら、これを貸してやるよ」  そう耳元で囁き、サバイバルナイフを手渡したのだ。  その時も男は酔いつぶれて酩酊状態、善悪の判断の付かぬ状態で激情に駆られたまま、春樹をめった刺しにしたのだそうだ。  しかし・・・それより更に許し難かったのは・・・。  そもそも、その依頼をチャイニーズマフィアにした人物。  それは、俺の父方の祖父に当たる人物だった。  名をジョナサン・クレーバー・フェニックス・デュラン。  ペンシルベニアで大きな病院を一族で経営「していた」大実業家。  その人物は、長年の放漫経営のツケと長男にまともな躾を行わなかったツケを払っている最中の人物で、既に一族郎党全てから絶縁され、現在は借金で首が回らな状態らしい。  そのジジイは俺に借金を負わせる為に、俺を養子にしたくて足しげく父の元を訪れていたそうだ。  しかし、絶縁状態の父は首を頑として縦に振らない。  実の息子にすげ無くあしらわれ・・。  「それには何か障害があるのではないのか」そう考えたジジイは、春樹の事を嗅ぎつけた。  「春樹さえいなければ、俺は従う筈」・・・そう考え、春樹を日本に帰らせるべく陰湿な嫌がらせをデービッドに連日させていたらしい。  だが、今日になって春樹が俺の子を妊娠している事を知ってしまった。  デービッドは慌ててジジイにお伺いを立てた。  ジジイは「お腹の子共々、足の付かない形で殺せ」と、そう命じたそうだ。  ・・・・・結果、春樹はお腹の子と共に殺されてしまった。  俺は全てを後から知った。  春樹は見えない敵からも、俺をずっと守っていてくれた。  そして俺に、俺の家族にすらその事を何も言わなかった。  きっと春樹の事だ、誰にも心配をかけたくなかったんだろう。  でも、教えて欲しかった。  愛する人の事だからこそ、俺は知っておきたかった。  そうしたら・・・こんな事にはなっていなかったかも知れない。  だが、どう言おうがもう後の祭りだ。  春樹は死んでしまった。  二人の大切な宝物を一緒に連れて。  ・・・・・・俺には何も、出来なかった。  俺は今日、かけがえのない物を二つ同時に失ってしまったのだ。
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