双子座の片想い

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<22>  「まあ、そういう訳で漸く件の”冬馬”にお目通りが叶った訳だ」  親葉がそう言い終わらぬ内に、冬馬は親葉のシャツの襟首をつかみ上げ、思い切り威嚇する様に睨みつけた。  「兄さんの最期については納得した。・・・だからと言って、俺はお前を兄さんのパートナーだと、”番”だと認めた訳じゃねえ、覚えておけ」  冬馬はそれだけを言うと、掴み上げていた手を離して項垂れ、その場にしゃがみ込んでしまった。  「酷いよ兄さん・・・。俺はずっと、兄さんだけを待っていたってのに・・・・。俺はどうすりゃいいんだよ!」  俯くその瞳の奥には・・うっすら光るものがあった。  「冬馬、親葉につらく当たるのは止めなさい。みっともないわよ」  その絹江の一言は・・イラつく冬馬の癇に障った。  思わず、  「うるせえ!寄ってたかって、俺をのけ者にしやがって・・。俺だけ何も知らされてないなんて!幾ら何でもあんまりだ!!」  つい絹江を怒鳴りつけてしまった。  絹江はその一言に声を詰まらせて、俯いてしまった。  その後、その場に気まずい空気が流れたのだが・・・。  どうにも後に引けない冬馬は立ち上がり、  「・・・・分かった。本人に直接聞きに行って来る」  それだけを告げると、部屋を出て行ってしまった。  二人だけになった部屋で、絹江はぽつりと  「ごめんなさい親葉。貴方にこんなとばっちりを受けさせてしまって・・。あの子の性格上、こうなる事は分かっていた筈なのに」  涙ながらに謝罪した。  親葉は大きな溜息を吐いた後、がははと笑った。  「いいえ、俺も冬馬と同じでした。当初、貴方達からの連絡がもどかしくて・・苛立ってばかりいました。「何故、春樹に直接言わないのか」と。でも貴方達には貴方達なりの、苦しい内情も存在した。・・・俺はこれでも理解しているつもりですから」  「ごめんなさい、結局私達は可愛い孫とそのパートナーである貴方と貴方の両親、そして可愛い私のひ孫まで傷付け、失くしてしまった。あの子にも、これ以上辛い思いをさせない様にと思い・・結局は言い出す事が出来なかった」  「でも冬馬が親父さんと対峙すれば・・・少なくとも彼の中のわだかまりは消えるでしょう。・・今はただ見守るしか無いですね」  「・・・ええ」    冬馬は本当に今から全てを聞きに行くつもりだった。  そのまま愛車を走らせ、羽田空港に到着すると車を預け、カウンターで直近の往復の航空券を購入し、そのまま対馬に飛んだ。    その日の夕方、急に島の診療所に現れた息子を冬馬の母は黙って出迎えた。  11月の太陽はもう水平線の彼方に全てのみ込まれてしまい、その名残の茜色が僅かに空を染めていた。  空にはもう星がちらちら見え、きらきらと煌めく様に瞬いていた。  「おお、おお!冬馬。どうした、元気だったか?」  父親は破格の笑顔で冬馬を迎え入れたのだが・・・。  冬馬の表情はただただ怒りと憎しみ、そして悲しみに満ちていた。  急に現れた冬馬のその表情と今日の日付に、二人は状況を察したようだ。  患者の居なくなった診療所を早々に閉め、冬馬を裏手の住居に案内した。  冬馬はその玄関扉を開ける事無く、二人の背に怒号を浴びせた。  「アンタら二人・・・よくも俺を、俺から兄さんを取り上げやがったな!」  前をとぼとぼと歩いていた二人の足がぴたりと止まった。  「何で、何で・・・兄さんは高萩家から追い出されなきゃならなかった?!追い出されるんなら、責められるんなら・・寧ろ俺でよかった筈だろ!何で血のつながったアンタの実の息子に、アンタはあんな仕打ちをしたんだ!!答えろ親父!!!」  「冬馬、いい加減にしなさい!お父さんの気持ちも考えなさい!」  「うるせえ!アンタもそうだ、そこまでして院長夫人の座が欲しかったのかよ?ここまで誰かを苦しめるんなら、俺は最初から母子家庭のままでよかった!」  その言葉に、カッとなった母の平手が飛ぶ寸前。  「もういい、明子!・・・私が全て悪かったんだ、私が・・・・」  直後・・父がその場に崩れ落ちる様にへたり込むと、わんわんと脇目も振らずに男泣きに泣き始めた。    結局父はあのまま母に引きずられる様に、家の居間に移動させられた。  冬馬は家には入らずにじっと母を待った。  その頃には周囲はもう真っ暗で、空には東京ではまず見る事の無い無数の星が夜空を華やかに彩っていた。  冬馬はその綺羅星を無言でじっと見つめていた。  その時の冬馬の頭の中は、怒りと悲しみでごちゃ混ぜになっていた。  (兄さん、兄さん・・・どうして俺を選んでくれなかったんだ・・・!!)  母は二十分程してから、家から出て来た。  その時二つ持った缶コーヒーの一つを、冬馬に手渡した。  「アンタはブラックだったわね、はいこれ。温かくないけど」  手渡された缶コーヒーは買い置きだったのか、冷たかった。  母は息子を少しだけ離れた見晴らしのいい小高い丘に連れて行き、遠く広がる水平線を眺めながらぽつぽつと話し出した。  「・・父さんは?」  「鎮静剤を飲ませて寝かして来た。だからもう大丈夫」  「・・・・・そうか」  「あの人を憎むアンタの気持ちも分かる。でもあの人なりに苦しんで来たの、それだけは分かって頂戴」  「・・・苦しんだのは、兄さんだ」  「分かってるわ。・・・アンタの言いたい事も。全部話すから、時間を頂戴」  「ああ」  母は缶コーヒーの栓を開け、それをごくりと飲んだ。  空を見上げ、大きな溜息を吐くと・・・。  「・・・実はね、父さんアルツハイマー型認知症の初期症状なの」  「・・・えっ」  「あの人はね・・前の奥さんが、春樹さんのお母さんが大好きで大好きで仕方なかった。・・一目惚れだったんですって。自分では精一杯愛しているつもりだったのに、父親の介護を苦にして、逃げる様に別の男と駆け落ちした奥さんがどうしても許せなかった。・・・・春樹さん、その前の奥さんにそっくりだったんですって」  「・・・・・・・」  「それでもまだ・・春樹さんが小さい内は我慢できたらしいの。それが、齢を重ねるうちに・・次第に鏡にでも映したのかと見まがう程にそっくりになって行って。辛かったんだと思うわ、まだ未練があったから」  「でもそれは、兄さんには関係ない事だ」  「そうよ、でもね・・。あの人にとって一番辛かったのが、春樹さんが貴方とセックスしていた所を見てしまった時。オメガに変質し、次第に女性化していく春樹さんのその痴態が、前の奥さんの顔を彷彿とさせて耐えられなかった。・・私に言った事があるのよ、「オメガになった春樹を、何度襲おうとしたか分からない。あの子が目の前にいるこの状況が辛くて辛くて堪らない。憎しみと葛藤と、抑えきれない情欲で毎日気が変になりそうだ」って」  「・・・そんな」  「あの人は苦しむだけ苦しんで、泣く泣く春樹さんを手放したのよ。私も協力せざるを得なくて・・仕方なく、親友と言える先輩がアメリカに居るから、そちらに一旦春樹さんを避難させる意味合いでアメリカに留学させたの。ただ、お父さんの気持ちの整理がつかなくて・・。結局最後まで春樹さんを日本に帰してあげられなかった」  「じゃあなんであんなに急に!俺は別れすら言えなかった・・」  「貴方達の惹かれ方が尋常な物では無かったから。あれ以上貴方達をくっつけて置いたら、きっと死ぬまで部屋から出て来ずに交わり続けたでしょうね。・・・それ程に、貴方達の惹かれ方は常軌を逸していたの。・・・覚えてないでしょうけれど、貴方達はあの三日間の後別々に病院に入院していたの。食事も水もまともに取らず、ただただ貴方達は愛し合い続けた。その所為で、激しい脱水症状と熱中症にかかっていた」  「・・・・・・・・」  「春樹さんの堕胎は、私は反対だった。私は・・お腹の子は私達の子として育てればいいと言ったわ。けれど、あの人は「生まれて来るその子を愛する自信がない」・・・泣きながらそう言ったの。「春樹に子を産ませてしまったら、今度は冬馬を憎むようになってしまうのが怖い。産まれたその子の首に手を掛けてしまいそうで怖い」・・・そうも言っていた。・・だから、子供は諦めざるを得なかった。そして貴方と春樹さんを番わせる事も出来なかった。・・・・今にしてみれば、お父さんは既におかしくなっていたのかも知れないわね。でも・・あの時はそれだけで精一杯だった」  「・・・・何でだよ、何で黙ってたんだよ」  「追いかけてしまわない様に。私達は二人とも失ってしまうのが怖かった。だからせめて、引き離す事で貴方多たちを守ろうとしていたの。・・・だからあの人は、お父さんは・・春樹さんが死んだのは、実は自分を恨んで自殺したんじゃないかって、未だにそう思っているわ。私達がどんなに話して聞かせても無駄。春樹さんにした事は、それだけ恨みを買っていて当然だって、そう思う父さんの心が貴方に「春樹さんは自殺だった」・・と、そう言わしめたのよ」  冬馬は黙ってしまった。  二の句は既に、継ぎようが無かった。  そこまでの覚悟で、父と母が自分達二人に相対していたとは・・・。  そして母が、そんな物と戦っていたなんて・・・・。  (・・・・考えても、みなかった)  母は、何時しか涙ぐんでいた。  「父さんは、葛藤と後悔との狭間で苦しむだけ苦しんで・・。気付いた時には、鬱とアルツハイマーを併発していた。早期に気付いて、投薬を開始して・・。貴方に生前贈与ですべてを託して、この小さな島に越して来たのも全部父さんの治療の為なの」  「・・・・・・」  「私達は、命ある限りはもう戻る気は無いわ。だから貴方も、こんな小さな島の老人二人の事なんか忘れて、自由に生きなさい。春樹さんは残念な事になってしまった。でも貴方には、これからがある。・・・もう帰りなさい、ここは貴方の居るべき場所では無い筈」  母は泣きながら強く冬馬を抱きしめると、抱擁を解いて診療所の方に戻っていった。  母は、最後まで振り返らなかった。  冬馬はその場で立ち尽くしながら、ただただひたすら泣いた。  
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