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双子座の片想い
<1>
「・・あー、これは蓄膿症だねェ。お鼻ずるずる吸い込んだりしなかった?」
「うん、でも工作の時間とかティッシュ使えないから、ずるずるってした」
「そっかぁ~。でもね、お鼻ちゃんと”ちん”ってかまないと、こんな風にお病気になっちゃうんだよ?これからは気を付けてね。・・立花さ~ん、紹介状書くから用意して」
「ハイ先生」
ステンレス製の鼻用鉗子を閉じ、器具を鼻の穴から外しつつ、必死に笑顔を向けて来る母親ににっこり微笑むと器具をステンレスのトレイに戻した。
・・・もちろん笑顔はビジネススマイルだ。
ここは高萩小児科医院。
スターリングプロモーションが日頃からお世話になっている、あの高萩の経営する小児科医院だ。
スターリングプロモーションは扱う子役タレントが多い為、度々往診や健康診断で彼の医院にお世話になっていた。
本日時刻は朝の10時を過ぎた所。
高萩は隣の患者用の椅子に腰掛けた園服姿の幼児の頭を軽く撫で、診療机の一番下の引き出しからおもちゃの沢山入ったかごを取り出し、幼児の前に差し出した。
「は~いちゃんとお利口さんに出来たね!好きなご褒美一つ取っていいよ」
途端、幼児の表情がぱあっと明るくなった。
「わあ、どれでもいいの?」
尋ねる声が弾んでいる。
「うん、但し一つだけ。あとのお友達の分が無くなっちゃうからね」
「じゃあ、あたしこれがいい!」
幼児は素早く一つ手に取り、高萩に大きく手を振りながら診察室を出て行った。
「またね~」
高萩が手を振ると、付き添って来た母親が代わりに必死に笑顔で手を振り返した。
扉が閉まると、途端に高萩の顔から笑顔が消える。
その後は無言でひたすらキーボードを叩き、ディスプレイ上のカルテを仕上げる。
更にその後、机の上にセットされた紙に、素早くペンを走らせる。
書き終わるとその紙を四つに折り畳み、病院名の書かれたピンクの封筒に入れた。
「・・・はい、紹介状終わり。受付で「専門医を受診して下さい」と説明して」
高萩は、封筒を脇に控えた看護師に手渡しつつそう告げたのだが。
看護師は眉間にしわを寄せつつその封筒を受け取った。
「ですが先生。あのお母さん、どうしてもココに通わせたくてまた来ますよ」
高萩は、ディスプレイ脇に置かれたカップの中のコーヒーを軽く口に含みながら笑った。
「大丈夫、次は「お子さんの病状が悪化しますよ?」と釘刺すから」
直後、少し離れた受付から女性が
「先生、次の患者さん良いですかぁ?」
と催促の声がして来た。
高萩は看護師に
「ОKって伝えて」
と告げ、ウインクした。
看護師は顔をやや赤く染めつつ、
「・・・分かりました」
そう答え、カーテンの向こうに去って行った。
今日も高萩小児科医院は患者で溢れ返っている。
一応建前的には「予約制」を謳っているのに、診察室前の待合所には椅子に座りきれず、立って順番を待つお母さんの姿も見受けられる。
院長の高萩は見た目こそチャラいが、腕はいいので評判の小児科医だ。
年齢は34歳、身長は医者にしては高く184㎝、一見モデルでもしていそうな程のイケメン男子だ。
性別は見た目からも分かる通り、男性型α(アルファ)。
やや釣り目の瞳に、切り揃え整えられた細めの眉、鼻筋は高く整っている。
唇は薄く、大きくも小さくも無い。
趣味の筋トレのおかげで、毎晩の晩酌がポッコリお腹に繋がっても居ない様だ。
最近は顎まで伸びた髪を、流行りの漫画風に髪先だけピンクに染めている。
「これで禰〇子ちゃんとお揃い」と、翌日医院のスタッフに笑いながら告げた所、ガチでドン引きされたらしい。
彼の継いだ医院は、祖父の代から換算すればこの地で開業してかれこれ70年以上になる。
ちなみに、現医院長の高萩冬馬は三代目にあたる。
実は・・冬馬は高萩家の正式な嫡子ではない。
・・・・高萩家にはもう一人、跡取りとなる筈だった人物がいた。
「あ~~、やっと終わった・・・・」
看護師の立花が大きく屈伸をして、首を二度ほど回した。
時刻は昼の12時・・どころか、すでに1時を超えていた。
「ハハッ、凛花ちゃん。それちょっとババ臭い・・」
言い終わる前に、立花のファイルチョップが高萩の頭頂部に炸裂した。
立花の顔は、見る間に真っ赤に染まる。
「大きなお世話です!」
「・・・痛ってえ・・・角は駄目だって、角は」
頭を抱える高萩の許に、受付のスタッフも集まって来た。
そのスタッフの一人が、からから笑いながら
「本当よね~凛花ちゃん。この医院、救急指定の基幹病院並みに忙しいんだもの。ほら、先生がナンパ上手だから・・ママ達が釣れる釣れる・・」
さらりと愚痴をこぼした。
立花も同調し、何度も頷きつつ
「そうですよ。私も先生のナンパに引っ掛かって職場決めて本当、損した・・・・」
そう溜息交じりに愚痴をこぼす。
これだけ責められているにも拘らず、当の高萩は相変わらずの笑顔だ。
「ハハッ、まあまあ。今度のボーナス頑張るから、それで許してよ」
高萩が両手を合わせて拝む様な仕草をすると、スタッフは互いに顔を見合わせて苦笑いした。
「・・・まあ、現実的なモノで手を打ちますか」
「先生、今度飲みに行きましょうよ!」
「はいはい、それじゃあ曜日と場所、頼むよ」
高萩は壁の時計をちらりと見つめ、軽く手を叩いた。
「はいはーい、悪いけど今日はお終い。また明日、よろしく頼むよ!」
高萩が立ち上がり、音頭をとる。
「は~い、今日もお疲れさまでした」
「お疲れさまでした~」
スタッフは皆頭を下げ、今日の診療はお開きとなった。
帰りしな、ロッカールームを出て、医院の鍵を閉めながら医療事務の君島と立花が話を続けていた。
「ねえ、今日の午後って何で休診な訳?先生、いっつも鼻風邪や微熱位なら休まないのにさ」
「あれ、凛花ちゃん知らなかった?今日は先生にとって特別な日なんだよ」
「特別な日?」
「・・・・お兄さんの春樹さんが亡くなった日なんだよ、今日は」
着替えを済ませ、医院を出た高萩は慣れた手つきでスマホを操作し、電話を掛けた。
しばらくの呼び出し音の後に、年配の女性の声がした。
「・・・・冬馬?」
「母さん、そっちはどう?体調は?」
「ええ・・おかげで元気よ。抗がん剤の治療も上手くいって、今は普通にお父さんの手伝いしながらどうにかやってるわ」
「親父は元気?」
「ええ、相変わらずよ。私の病気療養の為なんて言ってたけど・・やっぱり、東京に居るのは辛かったんでしょう。今は元気に、田舎のお爺ちゃんやお婆ちゃん達と毎日奮闘してるわ」
「・・・そうか、なら良かった。ハハッ、田舎の爺さん婆さんなら、クソ真面目な親父も引っ張り回して貰えそうだ」
「あら、噂をすれば」
その瞬間、受話器の奥の声が年配の男性の声に変わった。
「おう、冬馬か。どうだそっちは」
「・・元気だよ、こっちは患者さんもスタッフも相変わらずさ」
「そうか、そりゃ良かった」
高萩は、一階の駐車場奥に停められた愛車の赤のGTーR(最新バージョン)に乗りながら、躊躇いがちに質問を投げかけた。
「・・・・親父たちは、今年も来ないのか」
「しばらくの沈黙の後、小さく
「・・ああ」
暗い声で答えが返って来た。
高萩はわざと明るく
「まあ、対馬なんて完全に離れ小島だもんなぁ。いくら国内とはいえ、ホイホイ帰って来れる距離じゃないよな。・・じゃあ俺が、親父たちの分まで挨拶して来るわ」
そう告げた。
受話器の奥で小さく、だがしっかりと
「悪いな。・・どうしようもない父親ですまない、そう伝えてくれ」
そう聞こえ、電話は切れた。
高萩は助手席に携帯を放り投げると、無言で車のエンジンをかけ、そのまま何処かへ走り去っていった。
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