手紙の帰り道

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「……暑い」  暑さで目が覚める。  外では蝉が自己主張激しく鳴いている。  耳を澄まさなくても蝉の声が聞こえてくるというのは、風情も何もあったものではないな。  上半身を起こし、枕元に置いてある眼鏡をかけて、リモコンでエアコンの電源を入れる。  見なくてもわかる。汗でパジャマが体にくっついている。  立ち上がってエアコンの目の前に立つ。冷たい風を全身で受ける。体温が一気に下がっていく感じがする。  ……少し寒いな。  シャワー浴びよ。  扉を開けると熱気が入り込んでくる。熱の流れに逆らうように部屋を出ると、廊下の窓から日差しが差し込んでいる。いやほんと、私の肌にも刺し込んでいるようだ。  エアコンで冷えた体がすぐに熱を帯び始める。  木造の狭い階段を下りて一階へと向かう。一階は涼しいと嬉しいのだが。  階段を下りきりリビングに着く。どうやら私の朝一番の些細な願いは叶わなかったみたいだ。リビングは廊下と同じくらいの、下手したらそれ以上の熱気が溜まっていた。  机の上に置いてあるリモコンを手に取り、先ほどと同様にエアコンの電源を入れる。  ピッという電源音を後に早々にお風呂場に行く。  脱衣所で張り付いた服を脱ぎ直接洗濯機に入れ、眼鏡を外し浴室に入った。  いつも不思議に思うのだが、どうして浴室は少し涼しいのだろうか。  シャワーを浴びながら手元のレバーでお湯の温度を少し下げ、頭からぬるま湯をかぶる。  夏はこの瞬間が一番気持ちいい。  シャワーを止めて、扉に掛けておいたバスタオルで体を拭きながら思い出す。 「あ、本返さなきゃ」  借りたものを返さなければいけないことは全くもってその通りであり、反論の余地はどこにもない。むしろ反論することすらあってはならない程の正論なんだけど、どうして夏休みの真っ只中、しかもこんな暑い日に返却期限を設定するのかは全く理解できない、少し悪意すら感じる。  私は心の中で文句を言いながら制服のシャツに袖を通し、外出の準備をしていた。  いや、実はもう準備はほとんど終わっていて、あとはこのどう考えても暑いであろう外に出ていく心の準備を終えるだけ、なんだけど。今はエアコンの利いた居間の畳で寝転がっている。まあ、行ってすぐ返して帰ってくればいいか。夏休みなんだし、自転車で行っても大丈夫だろう。  ようやく準備をすべて終えて家を出る。  私の家は少し不思議な構造をしていて、家を出るときには一度本屋を通る。父が本屋をやっていて、扉でその本屋と居住スペースがつながっている。見た目は古く小さい本屋ではあるが、地域の人に支えられて何とかやっている。  店名は『作家書店』読み間違える人も多いが「さっか」ではなく「さくや」であり、私の名字だ。  今日もレジのところに父が座っている。 「おはよう文子、出かけるのか。今日は学校は休みじゃなかったか?」  父が私に気が付いて声をかけてくる。 「おはようお父さん、もう夏休みだよ。ちょっと本を返しに行くだけ」  父は何やら作業している。本の在庫確認かな。 「そうか、大変だなこの暑い中」  ああ本当、大変だよ。 「まあね、行ってきます」 「ああ、行ってらっしゃい」  本屋側の扉を開けて外に出る。  ああ、本当に大変そうな暑さだ。  一歩しか外に出てないのにすでに帰りたいと思っている自分がいた。
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