名前はいらない

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 あんた、また来たのか。物好きなやつだな。傷害罪なんてゴシップのネタにもならないだろう。俺なんかに拘るより、無能な政治家を叩くか斜向かいのラブホを張ってるほうが、よっぽど飯が食えるぜ。  そういや、足元が濡れてるな。へえ、雨が降ってるのか。俺? 俺は雨は嫌いだ。碌な目に遭ったことがない。中学で、傘差しながら自転車通学してたときなんて、地獄だね。全身ずぶ濡れさ。傘を差す意味なんてまるでない。……俺が真面目にガッコ通ってたことがそんなに面白いかい。俺にだって、いたいけな子ども時代があったんだぜ。小学校で飼ってたウサギが死んだときなんか、オイオイ泣いて、先生を困らせたもんだ。お墓をつくってあげようって、校庭のいちばん大きな桜の木の下に埋めて、ぴょん太って名前を彫った大きな石を目印にして。ぴょん太、雌だったんだけどな。毎日花を供えては手を合わせてさ。信じられないってか? ……信じる信じないは、あんたに任せるよ。
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