ギロチンキス

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ギロチンキス 「誕生日プレゼント、私はギロチンがいいな」 「またそんなこといって」 ミヤの突拍子もない発言も、今年でもう三回目ともなれば慣れたものだ。 「だって、ギロチンがあればサヤとキスできるでしょ?」 「でもそしたら死ぬじゃない。私たちのどっちかが」 そうだけどさー、と、ミヤが不服そうな声を上げる。 二人一緒にベッドから起き上がる。誕生日まであと一週間の朝だ。 「サヤは私とキスしたくないの?」 「それ以前に、私はまだ死にたくないよ」 手櫛で二人分の髪を整えながら、私は素直な心情を伝える。 「それに本当に首を切り落としたとしてさ、キスするまで意識はあるの?」 「わかんない」 「でしょ?だってその答を知ってる人はみんなもうこの世にいないんだし」 ベッドを後にした私たちは朝食を取る。不毛な議論だ。 確かに私たちは常に一緒にいるし、お互いに気を許しあった仲だと言うことも認める。 場合によっては、ふざけあってキスだってしていたかもしれない。 でも、私たちは絶対にキスができない。 「ないのかなー、ギロチン以外に私たちがキスできる方法」 パンの詰まったミヤの口から、諦めの悪い言葉がまだ漏れて出て来る。 「まだ言ってるの」 「ぬむむ」 ミヤの口を塞ぐついでに、口の端に着いたケチャップを拭ってやる。 「でも、サヤだって私とキスしたいんでしょ。夢に見るくらいには」 「な」 「知ってるよ、サヤが今朝見てた夢の内容くらい」 ずるい。本当にずるい。私には逆のこと何故かできないのに、ミヤは時々私の夢を覗くことができたのだ。 「やめてよそれ。プライバシーの侵害」 「私たちにそんなものないんだから、素直になりなよ」 「うるさいな」 ミヤの手が私を撫でようとするのを、私はパンを持った手で防ぐ。 でも、素直になったとして、結果は変わらない。私たちにあるのはキスができない運命だけ。 「どうして私たち、こんなふうに生まれてきたんだろうね」 「そうだね」 二人で立った鏡の前。私たちの姿。 一人分の胴体に、二人分の頭。 こんな近くに居るのに、鏡がなければ向かい合うことさえできない。 近すぎるからこそ、唇も届かない。 「じゃあ、間接キスで我慢しとこっか」 ミヤの操る右手が私の口に歯ブラシを侵入させて来る。その手は私の体の一部でもあるのに、私の意識ではその手を止めることが出来ない。 「うん」 ギロチンさえあれば、私たちもキスできるのにね。 その一言が出て来なかったのは、歯ブラシで口を塞がれていたせいだと信じたかった。
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