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初めての遠出(了)
木の棒を見慣れない形に組み合わせて作った骨組みに麻の厚い布を張ったものに、彼らは腰かけていた。そのそばには、暖をとるための道具らしい、円くて硬そうな桶のようなものがあって、そのてっぺんのくぼんだところに燃えさしの薪が数本入っていた。
つい今しがたまで食事をとっていたらしく、彼らが取り囲んでいる台の上には空になった木の椀と匙とが、腰掛けている人数と、それにソタニを加えた分だけ並べられていた。
腰掛けている人々は、ミズホのクニからやって来た商人らしかった。その中の一人が立ち上がり、マシケと挨拶を交わした。彼の口から出てきたのは、少したどたどしい、星ノ森の言葉だった。
応えるマシケが、いつもよりずっとゆっくりと喋っているのに、スグリは気がついた。
客人は一人だと決め込んでいたスグリは、思いがけない大人数とその顔ぶれに、少し戸惑った。見るからに体格の良い、マシケと同年らしい男と、その連れらしい、まだあどけなさの残る少年二人。
一人はウリュウより少し年上の、青年と言ってもよい年頃だったが、もう一人は、スグリと同い年か、もしかしたら少し年下のように見えた。
少し黄色っぽくて浅黒い肌に、平べったい顔立ち。髪の色は、星ノ森の人々よりも暗い、夕闇に包まれた木立の影のような色をしていた。
見慣れぬ袖も裾もやけにふくらんだ形の衣服はもとより、何よりもスグリを驚かせたのは、彼らがみなあごひげを持たず、髪を頭のてっぺんで奇妙な形に結いあげていることだった。
星ノ森では、男たちも女たちも、年中頭に布を巻き付け、額の真中で左右に分けた髪を、男たちはそのまま、女たちは三つ編みにして、垂らしているのが普通だった。あれではきっと、首元が寒くて風邪を引きやすいことだろう。
耳飾りも付けていなかったし、そもそも耳にそれらしい穴も見当たらなかった。
スグリたちの里では、五つか六つになると両の耳たぶに穴を穿ち、石や羽、獣の爪や牙や骨で作った耳飾りを付ける。万が一その身に何かあって、変わり果てた姿で見つかっても、その遺体が正しい家族の元へと返してもらえるように。
ほかにその人のしるしになるようなものも見当たらないのに、彼らはどうやって変わり果てた自分の家族を見極めるのだろう、とスグリは訝った。
皆背こそ高かったけれど、ミズホの人の体格はスグリの目に、噂で聞いていたとおり、あるいはそれ以上に、華奢で、頼りないものに映った。着こんだ服の上からでも、彼らの奇妙にへこんだ胸や、肩から紐のように頼りなく垂れ下がる二の腕が察せられた。
この少年二人が、あの平原をはるばる渡って来て、さらにこれからあの洞窟の中を歩かなければならないのかと思うと、信じられなかった。
「これはこれは。今回は、お子さんをお連れかな」
マシケがいささか驚いたような声を上げると、一番年かさの男が応えた。浅黒く、少年二人と比べれば筋骨たくましいその姿とは裏腹に、枯葉がこすり合わさるような、奇妙にかすれた声だった。
「ええ。そろそろ私も、役目を息子たちに譲ろうかと思ってましてね。おまえたち、ご挨拶なさい」
言葉は正しかったけれど、その発音はどこまでもぎこちなく、スグリは懸命に吹き出しそうになるのをこらえていた。彼らは普段自分たちとは違う言葉を使っているのだということを思うと、なんとも不思議な気分になり、彼らが普段使う言葉はいったどんなものなのだろうと興味をそそられた。
父親の言葉に、まだ腰掛けていた少年たちが立ちあがった。年かさの方の少年が、まず口を開いた。
「私はタケキヨといいます。こちらは、弟のウメチヨです」
父親よりもさらにぎこちない発音と言葉遣いながらも、少年は礼儀正しくそう言いながら、弟と一緒に腰から屈むような格好をした。後でマシケから、あれが彼らの挨拶なのだと聞かされたけれど、そのときそれを知らなかったスグリはぎょっとして思わず後じさりした。
顔を上げたウメチヨという少年と目が合った。なんとなく不安に駆られて、スグリはとっさに目をそらした。少年のまなざしや表情が、年の割にやけに大人びて見えたせいかもしれない。
マシケがウリュウとスグリに、「ヨタカ殿はこのことをご存じだったらしい」と早口で囁きかけてから、商人親子に、ウリュウとスグリとを紹介した。スグリが女の子だと知った商人は、そちらではこんなに幼い女の子にも山を越えさせるのですか、と目を丸くした。それにマシケは苦笑いをしながら、曖昧に返事をした。
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