時じくのかぐの木の実(1)

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時じくのかぐの木の実(1)

 三日間寝込んだが熱は下がらず、とうとう四日目に、スグリはミクリの元へと運ばれた。  布団でぐるぐる巻きにされたスグリはマシケに背負われて、湿原の道を揺られて行った。朦朧とした意識の中で、視界のはしに粉雪がちらついていたのを覚えている。  空の色は、どんよりとして暗い灰色だ。辺り一面青白い光に包まれて、なんだかとてももの寂しい、悲しくなるほどの清浄さに充ちていた。  数日前には鮮やかな赤色に染まっていた湿原は、既に枯れた褐色の草が点々と顔を覗かせている。近くに見えるハンノキの枝先にかろうじて残る茶色の葉が、カサカサと音を立てながら風に揺れているのをスグリは見た。  ミクリの庵に着くと、スグリはすぐさま寝床に横たえられた。ミクリにひととおり容態を確かめられた後は、お湯で煎じた、何やら苦い薬草の汁と、鳥の卵がった粟や稗の粥とを飲ませられ、分厚い布団を被せられた。  頭がガンガンと叩かれているように痛み、スグリは目を閉じてじっとしていた。しかし、飲まされた薬と粥のお蔭か、しばらくするといくらか楽になってきた。  少し離れたところから、ミクリとマシケとがひそひそと囁き交わす声が聞こえた。二人はどうやら、スグリがすっかり眠ってしまったと思い込んでいるらしかった。 「叔母上、この子は助かるだろうか」  いつになく動揺を声に露わにしたマシケの問いに、ミクリが落ち着いた声で応えた。 「案ずることはない。少し、熱が長引いているだけだよ。足りない栄養を充分与えて、しっかり身体を休ませれば、すぐに治る」 「しかし、この子の母親も、熱で死んだ」  なおも食い下がるマシケに、心底呆れたようなため息をミクリが吐くのが聞こえた。 「あのときとは、事情が違うだろう。少しは冷静におなり。まったく、大の男が、それなりに大きくなった子どもの熱ひとつで、そんな顔をするものじゃないよ 」  しばしの沈黙の後、ミクリが言った。 「お前さん、案じているのは自分の養い子のことか?それとも、とうに死んだ自分の従妹のことか?」  ミクリの問いに対する、マシケの応えは聞こえてこなかった。代わりに、スグリの容態が変わり次第、セツナを里へ寄越すよう告げるマシケの声と、当座のスグリの世話に対する謝礼をやりとりする二人の声が聞こえた。  そのうちに、二人が庵の出口へ移動する物音がした。別れ際、ミクリがマシケに言った。 「あんたもそろそろ、踏ん切りをつけた方がいい。あの子は死んだ。誰のせいでもない。自ら望んだことで、その死を招き寄せたんだ」  これに対しても、マシケの返答はなかった。ただ一言、娘を頼む、とだけ言ってマシケが出ていく物音を、スグリは聞いた。  マシケがいなくなると、大きくため息を吐いた後、ミクリが言った。 「さて、あんたの養い親は去った。狸寝入りなんてして、人の話を盗み聞きしている暇があったら、病人はとっととお眠り」  この言葉にスグリは口から心臓が飛び出しそうになるほど驚いた。しばらく躊躇った後、恐る恐る目を開け、ミクリの方に顔を向けて言い返した。 「聞くつもりで起きていたわけではありません」  スグリの顔が赤くなっていたのは、熱のためばかりではなかった。 「そうかい」  ミクリはいかにも興味がなさそうにそう応えると、囲炉裏端に座して縫い物を始めた。  囲炉裏の中で薪のはぜる音がはっきりと聞き取れるほどの沈黙が、部屋の中を支配した。どこか遠くで、シジュカラがもの哀しげにさえずるのがきこえてきた。  スグリは頭まですっぽりと布団を被り、目を閉じて眠ろうとした。ただでさえ苦手なミクリとこれから数日間二人きりだと思うと、気分はどうしようもなく沈み、お腹がきゅっと縮まるような心地がした。       しかし、身体やまぶたはこの上もなく重いのに、目と頭とは奇妙に冴えていた。先ほどのミクリとマシケのやりとりが、スグリの思考の淵に石を投じてしまったのだ。
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