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「そうだ俺、アメリカ行くから」
ビールの空き缶を3つ積んだ那由多さんが言った言葉に、私は思わず「はぁ」と間抜けな声を出した。まるで近所のコンビニに行ってくるかのような口調で海外に行くと宣う彼に、意外にも父は「やっとか」と表情も変えずに頷いた。
「あ、アメリカ? 何しに行くの?」
「雪音ちゃんには言ってなかったっけか。仕事の都合でねぇ。海外修行みたいなね。前々から考えてはいたんだけど、お金貯めんのが結構大変でさぁ」
「お前金遣い荒いもんな」
「パパは知ってたの?」
訳知り顔の父に非難がましい声をあげると、彼は気まずげに目をそらしながら「まあ」と頷く。
「行きたがってるのは知ってた。……いつ日本を発つんだ?」
「明日」
「明日!?」
私は思わず大声を上げた。ちらりと父を盗み見るが、これはさすがの父も予想外だったようで呆然とした様子で「随分と、急だな」と擦れた声を返している。それでも那由多さんは無駄に綺羅綺羅しいかんばせに困り眉を浮かべるばかりで、その唇から弁解の言葉が紡がれる事はない。
あ、これは駄目なやつ。
私は彼のその様子からきわめて正確な閃きめいた答えを得た。弁解しないということは態となのだ。
「ねえ、いつ帰ってくるの?」
恐る恐る聞いてみると、那由多さんは少し悩んでから、
「わからない」
と首を振った。
その後、静かになってしまった空気を振り切るように那由多さんは帰って行ったが、ちゃんとお見送りできたか自信がない。ソファの上で貝のように押し黙ってしまった父が気がかりで仕方なかった。
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