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父はソファに沈んだまま微動だにしなかった。
この人はとことん隠し事が下手だ。言外に帰った来ないかもと言われただけでこの様子では、私でなくとも察せるものがあるというもの。
海外に行くっていったって、ネットは繋がってるし電話もできる。会いに行けない場所でもないのに。
「そんなに離れるのが嫌なの」
思わず声に出た言葉に他ならない私がびっくりした。はっとした父の目がこちらを向いてどきりとするが、出てしまったものはもう取り消せない。
「ちゃんと言えばいいじゃん」
父は青い顔で「ちがう」と首を振るが、私が「違うの?」と尋ねると途端に黙り込んでしまう。咄嗟に嘘もつけないなんて生きづらい人だ。
「那由多さんも同じ気持ちなんじゃないの」
「……まさか」
「訊いてみないとわかんないよ」
私は強い口調で言い募った。
するとたじろぎながらも「でも、俺には……」と最後の足掻きを見せるので、
「私を言い訳にしないで」
とぴしゃりと言い放つ。
悔しそうに唇を噛む父の顔には悲壮が滲んでいる。それでも「俺は、そういうのはいいから」と顔を背けて黙り込んでしまう彼に、どうしようもなく腹が立った。
「いくじなし」
震える声で言い捨ててリビングを飛び出した。駆け足で自分の部屋のベッドに飛び込むや、耳を塞いで体を丸める。お風呂に入ってない事に気づいたが、とてもそんな気分じゃない。明日の朝、シャワーを浴びればいい。
明日の朝、シャワーを浴びて。
それから。
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