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翌朝。
駅のバス停で座っている私を見て、白い息を吐きながらやってきた那由多さんは驚いた顔をした。
彼は出立の時刻を告げなかったし、私も聞かなかったのだから無理もない。彼の性格上、1番早いバスに乗るだろうと思ったのだ。
「雪音ちゃん、もしかしてずっと待ってたの?」
私の真っ赤な鼻を見て彼は痛ましそうに眦を下げて、長い指が私の頬に触れる。本当は1時間も前からここに居たけど、言いたいことはそれじゃないから「さあ」と首を小さく振ってそれを避けた。
「見送りくらい、ちゃんとしたいし」
そういうと、那由多さんは嬉しそうに、それでいて少し悲しげな笑みを浮かべる。
「ご飯はしっかりしたのを食べてね」
「まず言うことがそれなの?」
「……アメリカの食べ物って体に悪そうだし」
「それは偏見だよ」
「病気にも気をつけて欲しいし、怪我もしないで欲しい」
うん、うんと優しい相槌を聴きながら、私はコートの裾をぎゅっと握った。緊張で手のひらがじんわりと湿っている。
「ちゃんと帰って来て」
絞り出した声に返事は返ってこなかった。けれども構わずに言葉を続ける。1度顔色を窺ってしまえば、2度と口を開けない気がした。
「お父さんの事、諦めないで」
自然と嗚咽に似たひきつけを起こす喉元をぎゅっと押さえる。
「……それと、本当にできればでいいんだけど、邪魔だったら18歳になったらいなくなるし……でも本当に那由多さんさえよければ、なんだけど」
少しだけ息を吸って、最後のお願いを口にする。
「私の…………私の、もう1人のお父さんになって」
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