第五章(その二)プロフェッショナルの共鳴

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第五章(その二)プロフェッショナルの共鳴

 午後になって一時間おきに飛び込みの占いを二件片付けた。  近所に住む主婦と進学校に在籍する男子高校生だった。  ちなみに蘭圭堂には高校生まで学割料金がある。  奇しくも主題が同じで、主婦は子供の学生は自分の進路についてだった。  占いに限らず相談事というのは依頼するまえに心にもう結論が出来ているものだ。  それらを後押ししてほしいだけだったりする。  純粋に五里霧中の状態から次の指針を求める占いは少数である。  だから最初の何気ない会話からその人となりを観察し、心に秘めているものを見抜く力も必要になる。  しかし極たまに自分のプロフィールを偽って相談に来る者もいる。  どういうことか?  この偽装されたプロフィールは、自分が気になっている相手のプロフィールだったりする。  気になるとは好感だけでなく憎悪も含まれる。  相手がどうでるか。  そのシミュレーションとしての占いである。  最初から正直にそう言ってくれれば適切な結論にいたるのだが人間とはかくも複雑なものだ。  主婦を笹川蘭圭。  高校生を久常亜加里が担当した。  主婦の方は世間話をしにきたついでだったようだが、高校生はだいぶ思い詰めていた。  久常亜加里は最後の二枚のカードをゆっくりとめくる。 「最後に二つカードが残りました。一つは愚者。もう一つは節制。これはあなたがさっき言っていた進路だと思って。」  高校生は眼鏡を押さえながら汗を拭った。 「どうちがうのでしょうか?」 「愚者はあなたがやりたい事。節制はあなたが得意なこと。その前のカードの配置から、愚者が示すあなたの進路はまったく経験知識がない状態からの出発か。でも高揚感はあるよね。もう一つの節制はあなたが今まで何度も学習してきたこと。わくわく感はないけど理性的に遂行できる。どちらでも必ず良い結果がでるはず。どうしてわかるのか? それはあなたが一生懸命、問題から逃げずに問い続けているから。わかる?」 「でも怖いんです……。これから始まる社会が。」  声を震わせる。 「愚者は奔放な楽観と勇気を。節制は理性的な判断力と見識を。どちらを選んでも必ずそのことを思い出して。あなたを守るカードだから。どれか一つを胸に秘めてがんばってみよう。本当はね、あなただけじゃないみんな怖いの。だからあれもこれも欲張りすぎて頑張りすぎて疲弊してしまうの。そうなると世界が色あせてしまう。」  自分に言い聞かせているようで亜加里の涙腺が緩んだ。 「一つあればいいんですね……。」 「そう。一つだけで十分。それが可能性というものだから。」  ようやく高校生は顔を上げた。吹っ切れたようだ。笑みも浮かんでいる。 「もう少し悩んでみます。そして悩むことを精一杯楽しんでみます。」 「そう言ってくれるとタロットリーダーとして嬉しい。」  堅く握手をした後、感謝の言葉を残して帰って行った。  休憩室で二人でコーヒーを飲む。  話を聞いて蘭圭堂は一言 「お見事」  とつぶやいた。 「一人立ちするまで君のリーディングはこうしてアドバイスさせて貰うけど、この分だともうすぐかな。そしたら依頼人のリーディングは自分一人の心に秘めるようにね。」  亜加里は嬉しくてガッツポーズをする。 「御法度の話ですね。」 「そうだ。それはね、ただ守秘義務というだけじゃない。秘密を守ることで依頼人に対して強い責任感を持つためなんだ。」 「色んな人生がありますね。目まぐるしくて息が詰まりそうになります。」  蘭圭堂は肩をすくめる。 「仕方ない。それが仕事だから。でもね、自分の悩みも疎かにしてはいけないよ。一人でいるときも自分のためにタロットを使ってみるんだ。そうすることで自分の中に物差しができる。」 「物差し?」 「そう。古来、祈祷や卜占は高齢年配の人の仕事だったんだ。それは長い人生を積み重ねてきた経験も必要だからだ。それを体系化した先人たちのお陰で僕たちのような若輩者でも出来るようになっている。しかし机上の空論より、経験に勝るものはない。だから日々怠ることのないようにね。」  久常はおずおずと意見を述べる。 「自分の悩みが小さく感じることがあるのですが。」  それはあまりいいことじゃないなと苦笑すると蘭圭堂は立ち上がった。 「これから警察署に行くんだが君も来なさい」 「依頼ですか?」 「そう。神原さんが受けたんだけどね。八雲警部補に会いに行く。まぁついてくればわかる。」  一関市の中心部を南北に貫く国道四号線。  南端は東京日本橋を起点とし、青森まで続く大動脈。  それに寄り添うように東北自動車道という高速道路が建設されている。  四号線、唯一の片側二車線道路沿いに一関警察署がある。  がらがらの駐車場に車をとめた。  入って一階の右手には交通課があり、一番市民が訪れる場所。  二階から捜査課、生活安全課などの面倒な仕事を抱える部署になる。  場所が場所だけに勝手に部屋のノブを回すわけにはいかない。  アポイントメントがあったわけでないのでロビーでどうしようかと考えていると藤原巡査部長が階段を降りてきた。向こうがめざとく見つける。 「先生に久常さん。もう来てくれたんですか。」 「やぁ藤原くん。ちょうど時間が空いたんだ。これから出動?」 「巡回応援です。八雲警部補は三階に居ます。」 「ありがとう。」  敬礼姿を見送り階段を上る。  今週に入って二度も敬礼されてしまった。  三階の部屋はドアが開け放たれている。  ドアの近くにいる若い警察官に八雲警部補を取り次いでもらった。 「よく来てくれた!」  書類を抱えた壮年の男性が声をかける。  いそいそと机に放り出すと外の廊下に促された。 「三番使うぞ!」 と振り返らずに大声を張る。同僚に言ったようだ。  廊下の奥の「3」とかかれた部屋はなんのことはない取調室だった。 「え……。ここに入るんですか?」  久常は正直引いている。 「久常君。内緒話にはちょうど良いんだ。やましいことがなければ、どうと言うことはない。」  そういう問題ではないと思うのだが、八雲と蘭圭が会うのはもっぱら取調室らしい。 「俺みたいな下っ端は応接室なんか使えないし、そもそもおんぼろ公舎にそんなものない。ごめんね久常さん。」 と八雲と名乗った男が謝る。  古いドラマに出てくるようなデスクライトだけの薄暗い取調室ではなく、窓の大きな部屋に机と椅子があるだけの簡素な部屋といった趣だ。 「ここにぶち込まれるのは三ヶ月ぶりかな」 何気ない一言にびっくりする。 「蘭圭さん。つかまったんですか!」 「違うよ! こういう風に雑談に来ただけだよ。」  蘭圭があたふたとするのが珍しいし面白い。 「八雲さーん。うちの助手が誤解するからもう早く本題に入りましょう。」  ニヤニヤとみてるだけだった八雲警部補がようやく口を開く。 「笹川、よかったな。良い助手が出来て。」 「お陰様でね」 「お互い忙しいから早速本題にはいる。一つ貸しということでメアリネットワークを使わせてほしい。」  蘭圭堂はすっと目を細め、険しい顔になる。 「要件による。○対を教えろ。まさか彼女に同胞を売れって話ならもう帰る。」 「ちょっと待て話を最後まで聞け。そんな怖い顔すんなよ。……オフレコだが薬物関係なんだ……。」 「大麻か? 覚醒剤か?」 「どちらも違う。厳密に言うと禁止薬物じゃない。医療関係者なら手に入るが、日本で一般に流通してない薬物だ。随分前から厚労省から応援も来てる。薬剤師や医師は向こうが調べるが、個人輸入なんかの場合はこっちの扱いだ。」 「どうも要領を得ない。その口ぶりだと正確な薬物名を言えないんだな?」 「言えない。なんせ医薬品メーカーも絡んでる。俺の首だけでは釣り合わない話なんだよ。一つ言えるのは、単体では効果が現れないが併せて服薬することで人体に危険が伴うんだ。」  蘭圭堂はバンッとデスクを叩く。どっちが刑事かわからない。 「その効果は?」 「記憶の混濁、意識障害。および酩酊状態。」  蘭圭堂はとんとんとんと人差し指で机を叩き始める。考え事をしているクセだ。 「単体では効果を及ぼさないと言ったな。ではどちらかそれを所持していたからといって逮捕されたりはないな?」 「それはない。断言する。」  ようやく久常さんが口を挟む。 「どういうことです?」 「つまりね。これは薬品メーカーのミスということだ。後から発覚した副作用ということだよ。そういうことなら薬物四法じゃない。なるほど厚労省がやっきになるわけだ。認可責任があるからね。」 「メアリネットワークは君に頼まないと動かない。警察のバッジなんて飾りにもならん。頼む。説得してくれないか。」 「もしその結果、彼らの一人でも在留許可に傷がついたら全力で情報を暴く。いいな?」 「ここまで腹をわって話してる。もうこの時点で本来俺は首だよ。信じてくれないならこのまま内部告発する」  蘭圭堂はがくりと首をうなだれた。 「前も言ったよな……。おまえは正義の味方じゃないって……。」 「ああそうだ。だがその志まで捨てる気はない。」  久常亜加里はずっとみていた。  八雲警部補は蘭圭堂から一度も目を背けなかった。  ごまかしやはったりじゃない。  この人は真実を語っている。  確信をもった。  蘭圭堂は、両手を広げ処置なしといったジェスチャーをする。 「わかったすぐ取りかかる。だからもう休め。最近家にも帰ってないだろう?」  言われた本人はきょとんとしている 「なぜわかった?」 「ホームズじゃなくてもわかる。その汚れた襟元を見ればな。公務員の勲章だな。じゃ帰る。久常君行こう。」  警察署を出て二人で車に乗り込むとしばしの沈黙が訪れた。 「蘭圭さん。もしかしたら私の方がお役に立てるかも知れません。」  久常亜加里は覚悟を決めた。  蘭圭堂は無言で頷いた。  Goサインだ。 (つづく)
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