ドラマ

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「あー! 違う、違う。そこは、そういう表情じゃないんだよなぁ」 「いやー、そこのシーンはいらないよー」 「うーん、その女優はイメージとは合わないんだよなぁ」 テレビの前、批評家気取りで好き勝手に恋愛ドラマを酷評するのは、彼なし、金なし、色気なし。三大無しをオールクリアしている私の名前は優子だ。 散々、ひどい事をワンルームの部屋で叫び散らした。そのせいで、CMに入ると喉がカラカラになり、冷蔵庫のお茶とビールを交互に飲む。 私はこの名前が嫌いだ。 だってドラマの脇役、ちょい役の名前もだいたい、ゆうこ。 今見てるドラマの冴えない友達もゆうこ。 「ゆうこ待ってぇ。怒らないでよぉ」 ヒロイン役の華奢な女優が、河川敷をバックに体格の良いぽっちゃりした友達役を追いかける。それは、ヒロインが友達の優子を怒らせたようだった。会話から察するに、優子の好きな男とデートをしたらしい。複雑な事情があるらしいが、私は、ヒロインに激しい嫌悪を覚えた。 「ふん! なぁにが、『待ってぇ〜』よ。私なら殴ってるわ」 こういうドラマは嫌いだ。ストレスを吐くためだけに見るが、何度見ても好きになれない。 自称普通の可愛いヒロインが、トロくさい恋愛をして、友達と時々揉めて、仲直りして、彼氏作って。現実の優子は、友達に彼氏を取られて、独りで酔っ払って、こんなにも上手くいかないっていうのに。 「リア充かっつーの!」 私は、シュッシュッとシャドウボクシングを始めた。何も無い空虚なスペースに拳を突きつけていたはずだった。 それなのに突如、誰かのもち肌に拳がめり込んだ。 「へ……?」 わけが分からず、辺りを見渡すとそこは河川敷。泡を吹いて倒れている例のドラマのヒロイン。 「えっー! あの大丈夫ですか?」 ヒロインに駆け寄り、すっかり伸びている華奢な少女を抱き抱えたつもりだった。 気が付けば私は家に戻って、クッションを抱き止めていた。 あれは、何だったのか。 夢か。幻か。 テレビに目を向けると、数分前に見た気がする河川敷のシーン。 やはり、夢だったのかもしれない。 少し飲みすぎたと反省し、大人しくソファへ座る。 「優子、待ってぇ」 これが有名なデジャヴュというやつか。 そんなふうにぼんやり見ていた。どうせ次は「怒らないでぇ」とヒロインがブリブリ言うが、優子は止まらず去っていくのだろう。 「怒らないでぇ」 ほらね。そう思った矢先だ。 「リア充かっつーの!」 画面の優子がヒロインを殴り付けた。何故か赤くなった右手ジンと痛んだ。
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