500円の味

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500円の味

たこ焼きが食べたい。 帰り道にふと思う。 いつ食べようか。 明日? 明後日? でも、贅沢だと怒られるかな。 実家を離れて数年。 いまだよぎるのは、怒りこそ含まれていない棘のある言葉。 嫌だな。 父は、昔から自分の価値観にそぐわない物を私が口にすると、高いと文句を言い出した。 母は、そんな父にいつも遠慮していた。 私はそれが嫌で、いつしか自分が食べたい物よりも安い物を優先するようになった。 どんなものでも、品物より真っ先に値段を見る。 本当は、腹いっぱい好きな物を好きなだけ頬張りたいのに。 それが高くても、安くても、関係ない。値段を見ないで味を楽しみたい。 もっと稼がなきゃ。お金が欲しい。お金が足りない。 ボンヤリした頭で乗り込んだエレベーターが私を運んだのは、タワーマンションの最上階。 見下ろしても見えないはずの行き交う人々の時間をも買えるのに。 そんなことを考えてしまう。 下からマンションを見上げる人々は、私が500円のたこ焼きを焦がれているなんて、思いもよらないだろうけど。
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