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パネトーネ
ふわふわのしっとりした食感が、クリスマスの特別なムードを引き立たせる。
様々なドライフルーツが豪華な雰囲気を付け加え、楽しいクリスマスの予感をさせる。
鏡に向かって念じてみる。
来年のクリスマスがどうなるかを。
占い師の私は、自分の未来をみようと必死に鏡の中の自分を覗く。
だけど、いくら見てもそこには冴えない自分の顔しかなかった。
「どうかしてる」
私は自分の決断に苦笑いする。
占い師として細々と生計を立てていただけの私は、去年のクリスマスにボロ雑巾みたいに汚い男の子を占った。
酒臭く、涙も鼻水も拭っていない出すものを出した顔をした最悪の客だった。
世界の非情さに悲しんでいると訳のわからないことを言われ、世界の未来について占わされた。
日頃は恋占いを主流に占っているが、あまり長居させたくなかった。
占ってサッサと返そう。
一応の接客として、恋愛由来の逸話の残るパネトーネを一片と紅茶を出した。
世界の行方を憂う男の子とパネトーネは、あまり似合っていないかった。
男の子がしゃくり上げる中、タロットカードをめくった。
悪いことは起きるが、新たに進化するの準備期間だと結論を述べた。
彼が泣き叫ぶことを想像したが嘘はつけない。
どうやって、説得しようかとなだめる方法を考えていたが、意外にも泣き止んだ。
彼は希望もあるのかと私の手を握る。
驚きのあまり頷くことしか出来なかった。
しかし、それだけでも彼は気を良くしたようだ。
呂律の回らない舌で私に礼を言いながら、色んなものを吐き戻して帰っていったのを覚えている。
私は、彼が手をつけなかったパネトーネを食べながら見送ったはずでなにもしなかった。
それだけの縁だ。
なのに、彼は今年も私のところにやってきた。
クリスマスが一週間前に迫り、客は恋に焦るものか、恋を成就させるのに必死になるものに分かれてくる頃だ。
恋の悩みを抱えた子羊達の前で、彼は去年の礼を言ったと思えば求婚してきた。
顔から火が出そうなくらい恥ずかしくて、急いで占い部屋の中へ招き入れた。
今度は、去年と同じように出したパネトーネをキレイに食べきって、占いを要求することなく自分との結婚がどれほど良いものかプレゼンしてきた。
「どうかしてる」
私は彼が上機嫌で出ていった部屋の中で一人呟いた。
その言葉をクリスマス当日に、また呟く。
今度は自分の占い部屋ではない。
彼に誘われたレストランの化粧室でだ。
着慣れないドレスを着て、水晶玉じゃなくて豪華な装飾品で飾られた鏡を覗く。
顔をしかめて鏡の自分と、目と目を合わせる。
未来なんて見えない到底見えない。
けれど彼は私と席に付くなり、食事が運ばれてくるまで、彼は陽気に私を口説いた。
酔った自分の戯言を聞いてくれたのは君だけだと、眩しいくらいの笑顔でだ。
コースの中でパネトーネが出てきた。
笑ってしまったのは、パネトーネの逸話の青年と彼がダブって見えたからだ。
パネトーネは、ある青年が菓子屋の娘に恋をしたから産まれた。
諸説あるが、どの説も青年は苦労を乗り越えて菓子屋の娘と結ばれる。
私と彼の未来は分からないが、パネトーネに導かれているような気はした。
お土産にレストランのパネトーネを買って帰る。
何日にも分けて食べる。
時々、彼を思いながら夢心地で甘さを味わった。
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