旅行

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旅行

旅行したい。 急に思い立って、家を飛び出した。初めて見る建物、初めて嗅いだニオイ、初めて会う動物、初めて口にする食べ物や飲み物。あまりの興奮に、ちょっとそこまでつもりが、ずいぶん遠くまできたみたいだった。 知らない土地で急に心細くなって、なく。当然、誰も寄ってこない。 悲しい、寂しい。これも初めてだ。初めて、家に帰りたいと願った。 トボトボと宛もなく歩く。電信柱を見ると、私によく似た猫の写真が貼ってあった。探してますと、書いている。探されているなんて、幸せな奴だ。 「おい、お前。迷子だろ」 声をかけられ、振り向くと知らない奴がいた。威嚇するような視線を送るが、相手は素知らぬ顔だ。礼儀のなってない奴だ。 気に食わないから、殴ってやろうかと思っていたら、奴は口を開く。 「お前、そこの貼り紙の迷子猫だろ。お前の飼い主が、探してたぜ」 驚いた。気に食わないと思っていた相手が大好きな飼い主を知っていたことも、探されていたのが自分だったことも。飼い主も、私を恋しく思ってくれていることが、どうしようもなく嬉しい。今すぐにでも会いたくなる。思わず、尻尾がたてる。 しかし、残念なことに私は帰り道を知らない。恥を忍んで教えてくれた恩猫に素直に打ち明けた。 「帰り道も分からねぇだなんて、最近の家猫は、猫の風上にもおけねぇ奴ばかりだ。仕方ねぇ。お前の飼い主にあったところまで、案内してやるよ。ついて来い」 そう言うと、ヒョイと塀の上に上がる。キャットタワーより高い塀を登るなんて、私には難しかった。木を使い二段に分けて登る。 「お前、こんなのも登れねぇのか。最近の家猫は軟弱だな」 奴は、悪態をついて前を歩く。腹が立つが、奴には勝てないと、身体能力から察したので、黙ってついて行くことにした。奴は口は悪いが、道中、上手い餌場や水飲み場を教えてくれた。私はしばらく、帰ることも忘れて外の生活を楽しんでいた。旅行に出て良かったと心底、思っていた。 どこかの公園で、新鮮な水を奴と飲んでいた時だった。 「タマさーん」 飼い主が私を呼ぶ声がした。耳をピクピクを動かして、私は飼い主の声に耳を集中させた。久しぶりの飼い主の声を聞き取らしたくは無かった。 「タマガワさーん、返事してよー」 また飼い主が私を呼ぶ。居ても立っても居られなくなった私は、飼い主の前に出ていった。飼い主が何か言っていたが、無視して胸の中へ飛び付いた。 久しぶりの飼い主のニオイは、とても落ち着いた。旅行は充実したものだったが、やはり飼い主の腕の中が一番だ。 そういえばと、私は後ろを振り向いた。奴に礼を言っていないのだ。しかし、そこには誰も居なかった。 「最近の家猫は礼儀知らずだ」 奴の声が聞こえるよな気がした。私は、もう一度旅行に出る理由が出来てしまったと、尻尾を立てらせながら、ないた。
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