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部下の女子社員が結婚した。
女子といっても三月で勤続十年を表彰されたベテランで、年齢は俺と五歳しか違わない。
結婚を事後報告されたことには驚いたが、その理由を聞いて彼女らしいと思った。
「仕事を辞めるわけじゃないし、結婚式は身内だけで海外で挙げました。祝電とかご祝儀とか、お気遣いいただくのも悪いと思って」
先月取った有給休暇で挙式と新婚旅行を済ませたのだと言う。お土産に南国らしいカラフルな鳥の置物をもらったが、あれが幸せのお裾分けだとは思わなかった。
事情があって入籍はまだ先になるので、総務にしてもらう手続きは特にないし、苗字も変わらないんで。そう言う彼女が、サバサバした言葉のわりには幸せそうに笑うので、俺は新婚当時の妻のことを考えた。今は子どもや家のいろいろでケンカが絶えないが、俺たちもあの頃はラブラブだったよな、なんて、彼女を少し羨ましく思った。
他の部下から、彼女のSNSのことで話があると呼び出されたのはその数日後。百聞は一見にしかずと言うそいつに教えられたアカウントを見て、俺は驚愕した。
彼女のSNSには、幸せな結婚生活が綴られていた。夕飯のメニューや夫婦の会話など日常の書き込みの他、ときどき写真も公開している。
遡れば遡るほど、身体中に鳥肌がたった。
彼女が投稿している「家族」の写真は、俺と息子のものだ。顔は隠してあるものの、服装や背格好を見間違えるはずもない。庭に出したビニールプール、スーパーのお菓子売り場、近所の公園で作った雪だるま。母親の目線で撮られたような日常の温かい写真に、俺は凍りついた。
俺と妻は子どもの写真をSNSに上げていない。いったい彼女は、いつから俺たちを盗撮していたんだろう。
「家族に幸せを運んでくれる鳥らしいので、みなさんが集まる場所に置いてくださいね」
そう言って渡されたカラフルな鳥の置物は、キッチンカウンターの上で、我が家のリビングを見つめている。彼女の最新の投稿には、俺と息子がソファでうたた寝をしている写真に、ハートのスタンプとコメントがつけられていた。
「十年後も、二十年後も、ずっとずっと一緒にいようね♡」
【了】
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