赤い罠

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 私は出張で訪れた某国の空港で、狭い部屋に押し込められていた。簡素な机と椅子、向かいには無表情な制服の係員が二人。  どうしてこうなったのか、まるで訳がわからない。本当なら今頃は、市内の飯店(ホテル)に到着し、明日開催のシンポジウム「十年後の地球のために」の準備をしているはずだったのに。  拘束の理由を求めた私に答えず、係員は逆に質問をしてきた。 「その荷物は貴方のものですね?」 「誰かから預かった物はありますか?」 「荷物から目を離しましたか?」  私は正直に答えながら、全身に汗が噴き出すのを感じた。  これはまずい。何のための質問か、聞くまでもない。この国が麻薬密輸に厳しいことは世界でも有名だ。有罪となれば長期懲役、最悪は死刑。  身に覚えのない罪に、体が震えた。  どこかで誰かが、私の荷物に麻薬を紛れこませたのだろう。その可能性を示して、身の潔白を証明しなければ未来はない。私は自分の行動を脳内で巻き戻した。  キャリーケースの鍵など、プロなら数分で開けられる。しかし空港では目を離さず、トイレの個室にも持って入った。機内では頭上に格納したが、私は一度も席を立たなかったから、フライト中に何かを混入させるのは不可能だろう。  手荷物のトートバッグは、それこそX線検査以外では肌身離さず、機内では足元に置いていた。考えれば考えるほど、いつどこに隙があったのか分からない。  私の荷物が、下着一枚に至るまで、シートの上に広げられる。その全てが自分のものだと確認し、署名するようにと書類を渡された。それにサインしたら終わりだと、分からないほど馬鹿じゃない。  私は見慣れた私物に目を凝らした。するとその中に、室内灯にキラリと光るペンがある。  そのペンは、飛行機を降りる時、前を歩いていた女性が落としたものだ。思わず拾って追いかけたが彼女が見つからず、まぁ仕方ないかと思ってトートのポケットに挿した。少し太めの、赤いボールペン。  全身にゾッと鳥肌が立った。  これだ。間違いない。おそらく芯の周りの空洞に麻薬が詰まっていたのだろう。 「このペンは、私のものではありません」  私は事情を説明したが、さっきは全て自分のものだと認めただろうと、高圧的にねじ伏せられた。  一時間前の軽率な自分を、悔やんでも悔やみきれない。十年後、私は生きていられるのだろうか。だとしたら、どこで?塀の中で?  自分の未来のための、長い闘いが始まった。 【了】
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