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タイムトラベルが主流になってから、殺人事件は、複数の時間軸を経由して行われるようになった。
「警部〜!」
「お前、また遅刻か。どうしてタイムマシンのあるご時世に、遅刻なんて真似ができるんだ」
「すいません。俺のマシン、料金未支払いで止められてて〜」
とにもかくにも二人の刑事が、殺人事件の現場を訪れた。現場の痕跡をひとしきり調べて回った後、先輩刑事の方が言う。
「こりゃ、やっぱり『時間差殺人』だわな」
男子大学生が、昨夜、自分の住むワンルームで倒れ、早朝家を訪ねた友達が遺体を発見した。外傷はなく、突然、心臓麻痺にでもあったかのようにぽっくり死んでいる。けれど心臓に持病はなく、そして何より、被害者の顔には見るもおぞましい恐怖の表情が浮かんでいる。これこそが「時間差殺人」の、文字通り動かぬ証拠であった。
「ハァ〜……またですかぁ。めんどっちいなぁ」
後輩刑事が頭をバリバリ掻く。時間差殺人の解決には、被害者の過去や交友関係をつぶさに調べることが必要不可欠だ。AIやコンピュータが発達したとはいえ、昔の殺人事件よりも、圧倒的に多くの時間と人員を割かねばならない。
「いや、待て。今回の事件は、あっさり解決できるかもしれんぞ」
「え? まじっすか」
「ほら、これを見ろ」
先輩刑事が、被害者の引き出しから封筒を取り出した。ゴム手袋をはめた手で、その中身を取り出すと、古びた便箋にはこう書かれていた。
10年後の君へ
やあ。こんにちは。
あの時にした「約束」を覚えている?
12歳の僕は、22歳になったら死ぬと決めた。
親に人生の全てを支配され、自由なんて、どこにもない。
顔も不細工で、運動音痴で、友達もいない。
恋人なんて、一生できるわけない。
こんな僕が、このままだらだら生きてても、辛いだけだよね?
でも、自分で自分の体を傷つけるのは、死ぬよりも怖いんだ。
僕は、どこまでダメな人間なんだろう。
本当に嫌になる。
だから……僕が君を殺しに行ってあげる。
待っていてね。
10年前の君より
つまり、と後輩刑事は顎に手を当てる。
「タイムマシンを使った自殺、ってことですか」
「ああ。おそらく間違いない。しかし……」
先輩刑事は、横たわる遺体に向かって、そっと手を合わせる。
「自分で自分の未来を決めちまうには、ちと早すぎたよ」
遺体のそばには、被害者のスマホが落ちている。待ち受け画面の中で、彼と彼の恋人が幸せそうに微笑んでいるのを、刑事たちは悲しげに眺めた。
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