1年7組27番

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 「ふたを開けたら、虫が湧いていた。」  確か冒頭の走り出しが、可愛らしい女の子なのにマジかと思った。どこに消えたクラスの文集。印象深くて覚えている。  この文集はクラス替え前に自分の将来についてという題材で全員が書かされたものだ。「決まってないです」と言い切っているのだが「自分はこう生きる」と主張する内容に、見た目に反するぐらいしっかりとした軸をもっていて驚いた。自分はとりあえず公務員と書き、親の話を加えそれとなく文章を延ばして書いた。そんな自分が少し恥ずかしくなる。  お気に入りの缶ケースに、ドングリを何個も入れていた。気付くと虫が生息していたらしい。ショックと気持ち悪さから逃げれるなら、動物とか、何かのキャラクター、人ではないものになりたかったと言うファンタジー。その後、そう言っていたチビの頃と比べて私は覚めたな、あの時は可愛かったというのだ。文章のオチとはつながらないが、彼女の秘めた姿をみた気がした。  片付けが苦手な彼女は「また散らかしたの?」と母親に怒られる。彼女は「また」という言葉にひっかかった。散らかすどころか、一度も片づけた記憶がなかったらしい。母親に何故かと聞き返すと、床や棚の上にあるペン、紙、本やCD、それ等の種類や位置が変わっていたとか。「勉強に関するものは1ミリも梃子でも動かなかった」と書き上げていた。学校を舞台に、全力で勉強置き去りにする勇敢さ。  「自分の気に入っているものだけが知らぬ間に自由の身になり動いていた。自由の身になっていたのではない。自分が気付かぬ間にそれを利用していたのだ。」あんな小柄な体格の中に理屈の数々をこしらえていた。  昔よりは感受性は豊かではないが、何かのきっかけで色々と考えさせられたり思ったりする度に「感動の一部なのかも」と彼女は言う。大きくはなく、ささやかでも心が動く何かを与えられる人になりたいと。それができれば、どんな状況になっても「好き」「嫌い」の境界線が薄くなるかもと。それを忘れなければ将来はもっと面白くなると。  そんな彼女は今何をしているだろうか。芸術系の仕事でもしているのだろうか。勉強ができるイメージはないから、教授みたいなことをしてたら腹を抱えて笑うだろうな。  思い出すと淡々と会社員として働いている自分が、少し情けなくなったりもする。でもさ、ささやかな感動があれば案外何も怖い事なんてないのかもしれない。
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