あい、あい、あい。

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あい、あい、あい。

 十年前。あの日、あの瞬間のことを――自分はけして、忘れることなどないだろう。 『瑞穂(みずほさん)。俺……瑞穂さんが好きです。結婚していただけませんか』  (たけし)は、私の会社の後輩だった。自分にも他人にも厳しいお局上司――そんな風にみんなに陰口を叩かれていることを知っていた私は、正直天地がひっくり返るほど驚いたものである。毅は優秀な方だったが、それでも優しく接した覚えはまったくなかった。憎まれこそすれ、愛される覚えなど一切ないと思っていたのに。  私が戸惑っているのを、彼は“疑っている”と判断したのか。彼はその可愛らしい顔を紅潮させ、私の手を握って告げたのだ。 『俺、ずっと甘やかされて育って来たから。誰かに、否定されることなんか全然無かったから。……瑞穂さんみたいに、厳しくものを言ってくれるひとは初めてで。すごく新鮮で。……これからもずっと、そばにいて欲しいと思ったんです。貴女は俺が持ってないものを、しっかり持ってる人だから』  きちんと付き合うこともせずに、結婚をする。危ない橋を渡っているという自覚はあった。それでも私が頷いてしまったのは――今まで一度もこんな風に情熱的に、異性に口説かれたことなどなかったせい。彼の見目がとても好みだった上、とにかくその真摯な態度にのぼせ上がってしまったせいだろう。 『わ、私で、良かったら……』  私は、彼の手を取った。  それは今まで仕事一筋であった私の目の前に、新たな道が開けた瞬間であったのだ。
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