まだ子供のあなたへ

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 新・小学五年生。  料理クラブに同じクラスの男の子がいたから不機嫌。 「なんで男の子がいるの?」  あたしの不満顔を気にもとめず彼は微笑む。 「男子が料理クラブって、おかしいかな」  けれども「ううん」って、首を横に振って素直に返事ができたのは、落ち着いた温かさと、爽やかな春風のような笑顔のせい。 ★ 「どんなの作れるの?」 「カレーとかオムレツとか簡単なのだけどね」 「ううん、すごいよ、お母さんに教わったの」 「まあね、母さん調理師なんだ。上手くなったら僕がご馳走するから味見してね」 「うんっ、約束するっ!」  学校を囲むアザレアの垣根が紅色に彩られる頃、あたしと彼はすっかり打ち解けていた。 ★  それからのあたしはクラブ活動が楽しみで、今度の放課後はどんな話をしようかなと、毎日考えていた。  でも、教室の中ではまるで仲良くないように振舞って口もきかない。  みんなでいる時は大勢の一人。  二人でいる時は特別な男子。  なんかこれって秘密の関係?  ちょっとだけドキドキする。ひょっとしてあたし、心臓の病気? ★  通学路に並んでいる銀杏の葉がうっすらと色づいてきた頃。相変わらず隣同士のクラブ活動。だけど楽しい時間は唐突に終わりを告げた。 「……実は僕、もうすぐ引っ越しちゃうんだ。父さんの仕事の関係でさ」  そのとき、あたしの心は氷の国に迷い込んだ。  中学生になっても一緒の学校で、制服が可愛いねっていわれて。テスト勉強は図書館で並んで。高校生になったら一緒にアルバイト。たまには遠くにデート。いつかはほんとのカップルに。  そんな風に夢見て、想像するだけで幸せだった。  なのにあたしって、バカみたい……。  彼がいなくなった日、あたしの世界には、涙しかなかった。 ★ 『十年前の私へ。 その頃の私は、彼との距離とか、決められた時間割とか、子供のルールとか、いろんなものに勝てないって思っていたのよね。  でもね、悲しかったらいっぱい泣いていいんだと思う。純朴で壊れそうな気持ちは、どんなに痛くても目を逸らさずちゃんと大切にしなさいね。  想いが消えなければ、いつか報われるって信じていいのよ。  だって、あなたはいずれ大人になって、自分で自分の未来を決められるようになるから。  そう、世界はちゃんと回っているの!』  私は拙い文章をスマホに打ち込んで尋ねる。 「ねえ、これおかしくないかな? 初めて応募するんだけど」 「懐かしいな」  覗き込んで微笑みを浮かべる彼はやっぱり温かい春風だった。
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