13人が本棚に入れています
本棚に追加
新・小学五年生。
料理クラブに同じクラスの男の子がいたから不機嫌。
「なんで男の子がいるの?」
あたしの不満顔を気にもとめず彼は微笑む。
「男子が料理クラブって、おかしいかな」
けれども「ううん」って、首を横に振って素直に返事ができたのは、落ち着いた温かさと、爽やかな春風のような笑顔のせい。
★
「どんなの作れるの?」
「カレーとかオムレツとか簡単なのだけどね」
「ううん、すごいよ、お母さんに教わったの」
「まあね、母さん調理師なんだ。上手くなったら僕がご馳走するから味見してね」
「うんっ、約束するっ!」
学校を囲むアザレアの垣根が紅色に彩られる頃、あたしと彼はすっかり打ち解けていた。
★
それからのあたしはクラブ活動が楽しみで、今度の放課後はどんな話をしようかなと、毎日考えていた。
でも、教室の中ではまるで仲良くないように振舞って口もきかない。
みんなでいる時は大勢の一人。
二人でいる時は特別な男子。
なんかこれって秘密の関係?
ちょっとだけドキドキする。ひょっとしてあたし、心臓の病気?
★
通学路に並んでいる銀杏の葉がうっすらと色づいてきた頃。相変わらず隣同士のクラブ活動。だけど楽しい時間は唐突に終わりを告げた。
「……実は僕、もうすぐ引っ越しちゃうんだ。父さんの仕事の関係でさ」
そのとき、あたしの心は氷の国に迷い込んだ。
中学生になっても一緒の学校で、制服が可愛いねっていわれて。テスト勉強は図書館で並んで。高校生になったら一緒にアルバイト。たまには遠くにデート。いつかはほんとのカップルに。
そんな風に夢見て、想像するだけで幸せだった。
なのにあたしって、バカみたい……。
彼がいなくなった日、あたしの世界には、涙しかなかった。
★
『十年前の私へ。
その頃の私は、彼との距離とか、決められた時間割とか、子供のルールとか、いろんなものに勝てないって思っていたのよね。
でもね、悲しかったらいっぱい泣いていいんだと思う。純朴で壊れそうな気持ちは、どんなに痛くても目を逸らさずちゃんと大切にしなさいね。
想いが消えなければ、いつか報われるって信じていいのよ。
だって、あなたはいずれ大人になって、自分で自分の未来を決められるようになるから。
そう、世界はちゃんと回っているの!』
私は拙い文章をスマホに打ち込んで尋ねる。
「ねえ、これおかしくないかな? 初めて応募するんだけど」
「懐かしいな」
覗き込んで微笑みを浮かべる彼はやっぱり温かい春風だった。
最初のコメントを投稿しよう!