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「ついにサヨナラかぁ…」
まっさらな部屋に、留里はぺたりと座る。
日に焼けた壁紙にくっきりと残ったポスターの跡。机の重みでちょっと凹んだ床。
大半の荷物は既に新居に送ってしまった。残っているのは置いていくタンスくらいだ。
子供の頃から見慣れた自分の部屋が、なんだか越してきたばかりの様によそよそしい。
私は今夜、家を出る。
夜行バスに一晩揺られた古い小さなアパート、そこが新しい家だ。そこで彼との新生活が始まる。
結婚式を挙げていない私たち夫婦にとって、初めての新婚らしいイベントと言える。
ピロリん。スマホにメッセージが表示される。彼からだ。『新居に着いたよ!るりが明日来るのが待ちきれないよ〜』
添えられた変な絵文字に思わず吹き出す。
あぁ、本当に彼のお嫁さんになるんだぁ…私。夢みたいだ。笑いながら床に寝転ぶ。
……ん?
タンスの下に何か見える。箱だろうか。私は隙間に腕をねじ込む。取り出したのは、はたしてクッキーの箱であった。
「これって…」
宝箱であった。しかし、中身は全く覚えてない。
さて、何を入れたっけ?
ふつふつと好奇心が湧き上がる。
恐る恐る、蓋を開く。長らく開けられておらず錆び付いていたそれをやっとの思いで開ける。
貝殻、綺麗なテレホンカード、オシャレな便箋、虹色のビー玉……それらは色とりどりに箱から溢れ出てきた。当時の記憶が手触りまで鮮やかに甦る。
その中に、一つ。
消しゴムが入っていた。
何でもない、ただの白い長方形。
私は不思議に思ってそれを手にとった。使いかけで、宝箱にはとても見えない。手まさぐりに、消しゴムをケースからゆっくりと引き抜く。
「……あ」
私は顔が熱くなるのを感じた。そこにはピンク色のペンで、名前が書かれていた。
私は思い出す。中学を卒業する時、友達と好きな男の子の名前を消しゴムに書いたのだ。それを大事に取っておいたらしい。好きだった彼とは高校が別れ、会うこともなくなった。それっきり、次第に忘れてしまっていた。
好きな人の名前を書いた消しゴムを使い切ると、恋が叶うという。
「ばかだなぁ、私。使い切らなきゃ、恋は叶わないの。取っておいちゃダメなのに──────」
独りごちながら、そっと消しゴムを撫でる。
10年前の私へ
あなたの恋を叶える事は出来ませんでした
大人になった私は、あなたの全然知らない人と結婚する事になります
ごめんね
でも、10年後の私は今、とっても幸せです
手で包んだ消しゴムを箱に戻し、静かに蓋を被せた。
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