あれから10年・・・

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 僕がもし、新型ウイルスに感染して病院に入院していなければ俺は今頃、高校の卒業の記念に学校で書かされた、  『10年後の自分へ』  の手紙を、読んでいただろう。  10年後・・・社会人になった時に其々の道に進んだ時に、  其々の夢に進んだ時に届く手紙を。  俺はこう書いた。  「1人前の犬のハンドラーになって、警察犬や麻薬探索犬をいっぱい育ててる僕へ。」  と・・・  あれから動物専門学校へ通った。  その直後にあの大地震があった時に、いきなり災害救助犬での実習をしたっけ。  俺はハンドラーの基礎も何も出来てなかった時に起きた地震なだけに。  その時に、災害救助犬に助けられた被災者達があくまでもハンドラー助手の俺でも向けられた感謝の気持ち・・・  本当は俺じゃなくて、この災害救助犬に感謝して欲しかったけど・・・あの時の感激が忘れられずに・・・  ただ、『犬が好き』というだけで飛び込んだ仕事なのに、犬を通じて人の為になるって・・・俺、この仕事を選んで良かった!と思っていた。    でも、何でこの仕事を志した10年後に、俺はこんな仕打ちを受けなければならないのか?  そうだ・・・俺は麻薬探索犬のハンドラーとして空港でベルトコンベアーから運ばれたバッグを担当犬のジェニー号と1個1個検査したっけ。  ところが、1個の旅行鞄に大麻が隠してある事をジェニー号の鋭い鼻がかぎ分けて・・・その鞄の帰国者の持ち主と・・・  「私は何かの間違いです!!」  「だからこれは何ですか?!」  と、鞄の持ち主と小競り合いに巻き込まれて・・・俺の相棒のジェニー号まで・・・  「この馬鹿犬が!!鼻詰まってるの?!どんな躾してるのかな?」   「んだとごるぁ!!」  迂闊だった。  相棒のジェニー号を馬鹿にされた事に逆上した俺は、その鞄の持ち主とその場で大喧嘩しちまって・・・  結局その鞄の持ち主は大麻持ち込みで、空港警察に逮捕されたけど、  俺はこの騒ぎで、長期謹慎処分・・・  更に鞄の持ち主は、海外からの新型ウイルス感染者で・・・小競り合いでもろに、  濃厚接触、  唾が飛沫、  そして俺は発熱が収まらなくなって、やっと検査の末、やっと病院に隔離されている。  10年前に人々を助ける為に犬のハンドラーを志してきたのに、  10年後にただてさえ医療崩壊寸前の病院で疲弊している、医療従事者の厄介になるなんて。  馬鹿だな・・・俺。  俺はその運の悪さに呪うよ。  逢いたいな、俺の相棒のジェニー号。  俺の居ない間、何してるのかなあ。  ~fin~
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