鮎原幾人のカウンセリング

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鮎原幾人のカウンセリング

「だからさぁ、うじうじ悩むなよ。好きなもんは好きなんだからさ」 「……世の中はそんな簡単じゃないんだよいーちゃん」 「わっかんねー。くだらねえことで悩んでんなイクトは」 「……そうかもしれないね」  ここ数年でカウンセリングは僕たちの生活に身近な存在になった。  誰でも気軽にカウンセリングを受けられる時代がやって来たのだ。  契機はカウンセリングアプリ「ディープ・マイン」の開発と普及。  スマートフォン上で動作するそれは、利用者のWeb閲覧履歴やアプリ利用内容からカウンセラーAIを作成する。これにより、その人に合ったプライベートな相談相手を、簡単に造ることができるようになった。 「なぁ、これをきみに聞くのはどうかと思うんだけれど」 「なんだよ」 「いーちゃんはみーちゃんのことが好き?」 「……好きだよ」  間をおいて答えたこいつは俺専用のカウンセラーだ。  いや正確には、10年前の俺をシミュレーションしたAIだ。  カウンセラーAIを使った新療法「10年前との対話」。  別名を「クソガキメーカー」。  カウンセラーAIの年齢や思考を細やかに設定することができる「ディープ・マイン」が得意とする人気療法である。  今現在の自分からは切り離された過去の自分――なんもしらないクソガキ相手に問答をして、物事の本質を見極める。自分が抱える悩みの根源を抉りだす方法として、多くのカウンセリングアプリの利用者から信頼された手法だ。  ようは、子供は素直の理屈である。 「そういうお前はどうなんだよ?」 「俺?」 「俺がみーのことを好きだとか、そういうの関係ないだろ。大切なのは、今のお前がみーのことをどう思ってるかじゃん」 「……」  ほんとクソガキ。  言われなくてもそんなこと分かっている。  けど、自分に説教されるのが一番堪える。  ほんと、堪えるよ。  笑えるくらい。 「この世の誰よりも好きだよ」 「だったらそれでいいじゃん」 「けどさ、みーちゃんは」 「そんなのどうだっていいだろ!!」  10年前のなんも知らない俺は。  みーちゃんの家庭の事情も知らなかった俺は。  はっきりとした声で俺にそう言った。  そうだよな。 「ありがと、いーちゃん」 「……おう!!」  俺は「ディープ・マイン」を閉じる。  すぐメッセージアプリを立ち上げると、ここ数日、顔を合わせられなくなった美夜子にメッセージを送った。  大切な幼馴染に。 「みーちゃん、遊びに行こうぜ。迎えに行く」  何も知らない、いーちゃんみたいなメッセージを。
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