献辞

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 私に希望を与えてくれた君に愛をこめて  3か月ぶりだね。この手紙を君はきっとあの病院で読んでいるんだろうね。  さぞ驚いていることだろうが手紙を濡らさないでくれたまえ。  インクがにじむのは嫌だからね。さて、あまり時間がないから必要なことを手短に書こうか。  あの地下室で見つけた壊れた懐中時計は消して無くさないこと。二度と戻っては来ないからね。  もうひとつは街の中央の時計塔には登らないこと。きっとこれから大勢の人間が君をあの場所へ連れて行こうとするだろう。でも絶対に行ってはいけないよ。  大きな注意はこの二点だけど君にはこれからあらゆる苦難が降りかかる。  君は色んな人の助けを借りてそれらに打ち勝たなくてはならない。  辛い道ではあるが君なら乗り越えられると僕は信じている。  さて、そろそろ時間だ。僕は君との約束の場所へ向かうよ。  それではまた会おう。 「馬鹿・・・野郎・・・」  くしゃりと手紙を握り締めてそのままそれを抱く。  涙が止まらない。悲しみからではない。今まで抱えていた不安が彼の言葉の暖かみによって押し流されたからだ。  人の心配など解さないこざっぱりとした文章に彼を感じた。  彼の存在が再び自分の中に蘇ってくる。不愛想で不器用で話すのも笑うのも下手くそな幼馴染がどんな顔でこの手紙を書いたのかを想像するとむず痒いような気分になり、涙も少しずつ引いていった。 「やっぱりお前はお前のままなんだな」  便箋の消印を見る。二〇三〇年八月九日となっている。  それは自分にとって彼にとっての希望の数字だ。 「俺も頑張るから」  意を決した自分は手紙を仕舞い大きく息を吸う。  そして目の前で寝ている管につながれた彼の胸にドンッと拳を置いた。 「また会おうな」  意識不明の彼からは当然返事はない。  それでも満ち足りた気分の自分は病室を出た。  さっさと歩いて病院の外まで行くと暑さに肌が焼かれて気が滅入ったが彼の待つ未来に踏み出すために自分のすべきことを頭に思い描きながら、アスファルトを駆けた。  
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