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学校に行くまでの道は、何通りかある。基本的には、家から徒歩五分程度の街路樹に沿って行くのが普通だ。けれど、そのまま真っ直ぐ行くと坂道になるから、少し逸れる。すると一軒家が立ち並ぶ車通りの少ない道があり、どこの角を曲がるかで、それが近道にもなるし、遠回りにもなる。ここを僕が思う最短のルートを通って行くのが、何時しか日常になっていた。
「……暑いな」
けたたましく鳴く蝉が、僕を馬鹿にしている気がしてならなかった。いつからだろう? よく晴れて、世界が一層ビビッドに見えるこの季節が、鬱陶しいとしか思えなくなったのは。
顎を引き、今日も今日とて平坦な道をくねくねと曲がっていく。
気怠い授業が終わり、急いで鞄のなかを整理していたら、ポンと後ろから肩に手を置かれた。
「蒼太、今日カラオケ行こうぜ」
幾つもの教科書を出し入れしながら、僕は短く答える。
「ごめん。今日も塾あるから」
重い、と肩に置かれた手を払い除けると、あからさまに不機嫌な口調で「なんだよ」と言われた。しまった、と思って振り返る。けど、机の端に置いてある英単語帳やノートやらがバササッと落ちる音がして、すぐに意識はそっちに戻っていった。
「いいじゃん。どうせ夏休みも講習ばっかなんだろ?」
「母さんが五月蝿いから」
そう言って落ちたものを拾い上げていると、何故か盛大に溜息を吐かれた。もう、誘ってくれることはないんだろうな。それでも別に構わない、なんて思ってしまう自分が嫌になる。
のろのろと塾に向かう途中、猛烈に喉が乾いてきた。水筒も飲み干していたし、自販機でラムネ缶を買った。制服を着ているせいで緊張した。僕の中学校では、お金を持ってくるのは禁止されているのだ。
ぐびっ、と一口飲むと、心地良い刺激が喉にくる。
ちょっとだけ悪いことをしたな、と気分が良くなった。
でも、途端に汗が噴き出てくる。塾の授業は、もうとっくに始まっている。遅刻確定だ。今から行くのは面倒臭いな。休んだら、母さんに怒られるよな。
溜息を吐くと、まだ中身のある缶を、そばにある網目のゴミ箱に放った。軽い音がして、中からしゅわしゅわとラムネが零れ、コンクリートを黒々と染めていく。
「……バカみたいだ」
学校じゃないんだから、一日行かなかったくらいで親に連絡されることは無いだろう。
肩を撫で下ろし、そのまましばらくの間何も言わずに空虚を見つめていた。どうしてか、小学生の頃に読んだ少年漫画を思い出していた。面白かった。けど、途中で飽きてしまったんだ。熱いバトルを繰り広げ出したから。確かに人気になったけど……僕はもっと、日頃のどうしようもないこととかを描き続けていて欲しかったんだ。
そこで、ふと思い立つ。
久しぶりに、会いに行こう。
こういう時に、あの人は打ってつけだから。
「なるほど。それで急に一人で遊びに来たのね」
叔母さんが、口元に手を当ててクスクスと笑う。この、目がつぶれる程にくしゃりとなるのは昔から好きだ。
机に向かい合って座り、叔母さんが出してくれた砂糖入り麦茶と二等辺三角形のスイカを交互に味わう。口の中が、ひんやりして甘い。
小学生以来、初めて来た。
と言っても、叔母さんとは近所のスーパーで偶然出会ったり電話で話したりしていたから、そんなに久し振りな気もしない。木造建築の匂いも懐かしい。
「母さんは、とりあえず偏差値の高いところ行けって……そればっかりだし。将来の夢なんか高校で見つければいいって。でも、それってなんか、腑に落ちないんだよな。そりゃあ、もちろん進学するつもりだけど。そこ行って、何するんだろう……って。だから、こういう時は叔母さんに相談しようと思って」
昔から、自分の中でどうしようもない悩みがある時、必ず叔母さんに相談してきた。そうすれば何でも解決出来たからだ。学校帰りに立ち寄って宿題を見てもらったり、友達と喧嘩して帰ってきた時には、泣きじゃくる俺を慰めて家まで送ってくれたり――本当に叔母さんにはお世話になっている。
「あ、そうだ」
叔母さんは何かを思い出したように手を叩くと、押し入れから、おかきの入っていたようなカンカン箱を取り出してきた。見た瞬間、それが何なのか一瞬で分かってしまった。
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