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白く、ただひたすらに白い天井と白い床。
視認できる限り白一色。
ベッドもチェストも、目に見えるもの全てがまっさらで、境界線も曖昧な世界。
動かない体の中、ぼんやりと滲む視界には同じく白い人たちが、僕を取り囲んでいるように見える。
「そろそろ目覚めても良い頃ですが……」
「意識レベルはまだ覚醒には至らないのかね?」
聴覚は十分に機能しているようだ。
「まあ……10年の眠りからの目覚めだ。すぐには動けまい」
10年……?
じんじんと、生きていることを主張するように体を巡る血液に対して、辛うじて感覚のある程度の四肢は、その人の言うとおり動かない。
「そもそも、寿命移管が成功したのかもわかりませんよ?」
「いや、実績のある方法だ。失敗などあり得ない」
「そうですか。まあ……大切な人の寿命を貰ってますからね。特にこの人の場合は」
寿命を貰う……?
大切な人……?
10年前、何があっただろうか……。
考えようとしても、頭のなかに靄がかかって空を裂くようだ。
「とりあえず、10年経ったんだ。そのうち目覚めるだろう。この人はともかく、移管元の方は片付けようか」
「そうですね。大切な人の亡くなった姿を、見たくはないでしょうからね」
不穏な言葉を残し、薄い視界からその人たちは消えた。
「まったく……何度経験しても思うが……いくら恋人のためとはいえ、共に眠り、眠った分の寿命を渡すとか頭がイカれてる」
「本当ですね。自分の寿命があと10年しかないってのに、生かされた方も酷ですよ……」
ガサゴソと、恐らくベッドでもあるだろう隣を整理する音と共に、理解のできない会話が続く。
「あ。やっぱり今回もありましたよ」
「そうだろうな。手紙といえば聞こえは良いが、単なる遺書だろ」
「こういうの大体内容同じなんですよね……
ほら。宛先、『10年後のキミへ』ですって」
カサリと、その遺書と呼ばれたものを開いたのだろう。乾いた紙の音がした。
「本当は読むの、良くないんでしょうけどね」
「我々は研究者として、渡す方の心理も掴んでおかねばならんのだよ」
コホンと、咳払いのような音が部屋に響いた。
「あー……いつものテンプレートですね」
「相手によって傾向は大体固まってきたな。で、今回はどっちなんだい? もっと希望めいたことを聞きたいものだが……」
「期待には添えなさそうです。『絶望と一緒に、どうか私を忘れないで』ですって」
死んで10年、絶望の中で僕は目を覚ます。
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