おくりもの

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 医師はバイク事故だと言っていた。信号無視をしたバイクが、私の運転するバイクの車体側面に衝突した。  二日間は意識を失っていたらしい。目が覚めると看護師は私に何かを言い、小走りで何処かへ向かっていった。  しばらくすると医師が来て、もうしばらくすると二人の見舞いが来た。この二人はそれから毎日見舞いに来た。私の妻と娘らしかった。 『らしかった』というのは、面影はあるものの私の知っている二人ではなかったからだ。私の妻はこんなに頬は垂れていないし、目もやつれていない。私の娘はまだ五歳で、ショートカットの似合うよく笑う可愛い子だ。腰まで真っ直ぐ伸びる黒髪に、セーラー服を着た大人しそうなこの子が娘だとは、その時はまだ到底思えなかった。 ――どなたですか。  私の知らない妻が――私はあなたの妻で、この子はあなたの娘です、と泣き崩れながら叫んだ。となりにいる娘は泣くことも笑うことも話すこともせずに、ただただ呆然と立ちつくしている。 ――私は君たちよりも十年ほど前に生きていて、君たちは私の十年ほど先を生きているのか。  そう理解したのは退院してなお、しばらく経ってからだった。  この十年間の記憶はまだ空白のままで、これからも思い出すことはないのかもしれない。  しかし、私は私の中の君たち――つまり今から十年前の君たちをとても愛しているし、空白の十年間の君たちのことや、私の目の前に突然現れた十年後の君たちのことも、神様がくれた贈物(てんし)のように思う。たしかに記憶の一部分は喪失したのだが、大切なものが増えたようで、私はそれが嬉しい。
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