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ふと、人の気配に目を開けた。驚いて身を起こすと、
「うわ、びっくりしたあ」
と、間延びした声がした。ソファーの前で尻餅をついている相手の顔に、私は声にならない悲鳴をあげた。
「っ、」
目の前には、私に瓜二つの誰かがいた。
「ええ?!」
「いやいやそんな怖がらなくていいから」
私そっくりのそいつは、私そっくりの声と口調で言う。
「怖がらいでか!」
「自分の家に自分がいるだけだよ?」
「自分が二人いるのがおかしいだろ!」
「ここにいるのがおかしいのは、あんたの方」
「はあ!?」
「ここはあんたから見て十年後。私は十年後のあんた」
なんですと?
「自分が言うことなんだから信じろよ」
絶句した私に、“ 私”は少し呆れたように言った。確かに、十年後と言われれば納得出来るほど老けている。
部屋を見渡せば、装飾が違うのにも気づいた。ソファーもカーペットも違うし、壁の猫写真も増えている。
一番変化があったのは窓際の棚だ。棚上のぬいぐるみが無くなって、代わりに写真立てが一つと小さな花籠が乗っている。
灰色の写真。笑っている人には今さっき会ったばかりで、冗談にも程があると思った。
「十年だよ、そりゃあ色々あったさ」
「そ…」
「訊くなって。聞いてたからって、どうしようもないから」
“ 私”はさらっと言ったつもりなのだろうが、顔がちゃんと笑えてない。納得いかない別れが待っていると知って、胸がぎゅっとした。
「十年後なんてずっと先の事だと思ったけど、案外あっという間で、でも何にも無かった訳じゃなくてね」
“ 私”は棚の中を指差した。何本ものトロフィーや盾が並び、その全部に娘の名が刻まれている。
「あの枇杷だって実をつけたよ」
そう言って、“ 私”は枇杷を一つ握らせた。
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