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ことの深層
飲み物を頼み、全ての注文が届いてから部長がゆっくりと話し始めた。
「大塚さんには資料室でもお話ししましたが、スマホ内の虫喰い現象は坂下町付近だけで発生しており、他で発生が確認されたのは隠里集落の1件のみでした。そしてオカルト研究部員が交代で未藍さんを見張っていたという話は瓜田くんから聞いたと思います。」
侑香は腕を組み、座っている部員を端からぐるりと睨みつけた。
「まずは、そもそもの話から始めなくてはなりません。虫喰い現象が初めて出現したのが、どうやら大塚さんのスマホのようだと知ったのは、そちらの小野田さん(侑香)がご友人にバグについて相談したためです。そのご友人の兄が私と同じクラスだったため、ぼくに話が伝わりました。
スマホの文字を食い荒らす謎の虫となれば、オカルト研究部が動かないわけにはいきません。しかも坂下町で起きている怪異現象です。
SNSに怪現象について呟かれ始めたのは、ほとんどが同じ日の午後だったにも関わらず隠里と大塚さんのスマホだけは、1日早く現象が起きていた。
ーーオカルト研究部は、隠里を調査する班と大塚さんを調査する班に別れ調べ始めました。」
部長の話をみんな静かに聞いている。夏休みとはいえ平日なので、喫茶店内の人は少ない。常連客と思われるおじいさんと、読書を楽しみに来ているような学生、仕事をサボっている風なサラリーマン、そして品の良さそうなマスター。
静かに流れるピアノの音と落ち着いた部長の声のトーンが調和し、奥で話し込む団体が何を話しているのか気にとめる人はいなかった。
「隠里というのは、我々オカルト好きの人間にとっては有名な土地です。本来は御泊という名称なのですが、一時期“隠れ里”として全国的に有名になったことから隠里集落と呼ばれるようになりました。
御泊という名前からも分かるように、山越えをする人のための宿場という意味だそうですが、そこから先は標高の高い山々が連なる難所です。昔の人の装備ではとても越えられるものではありません。猟をして町で売ろうにも、町にたどり着くまでに獣に襲われるか、動物の肉が腐るかとても割に合いません。
では、いったい誰が宿泊するのか?
これは御泊に伝わる話なのですが、山猫や狐や白蛇が人の姿に化けてこの宿を利用していたのだそうです。それは単なる昔話ではなく実際に人に化けた山の生き物が御泊に宿泊していたのではないか?御泊は異界と交差する地なのではないか?というのがオカルト好きの間では有力な説となっています。」
部長は、言い出しにくそうに更に話を続けた。
「……このお話はもしかしたら大塚さんを傷つけてしまうかもしれないのですが……隠里付近では昔から神隠しが起きていたそうなんです。数日で戻る場合もあるし何十年か後に戻る場合もあったそうです。ーーそして、戻らない場合も……。」
「さっきから関係ない話が長いんだけど、何が言いたいんですか!?」侑香がイライラして口をはさんだ。
「未藍を襲った男の話じゃなかったの?」
「前置きが長くてすみません。この件は全て繋がっている気がするのです。ーー4年前の事件から。もしかしたら、もっとずっと昔から。」
テーブルを囲んで座っている全員の視線が未藍に集まった。
未藍は今までの話を動揺する様子もなく聞いていた。そして口を開き、決意したように話し始めた。
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